精神保健福祉法改正案

問われる精神保健指定医制度

精神保健福祉法には,自傷他害のおそれのあるものは,司法の関与がなくとも,一定の行政手続きの上,措置入院と言う公権力による強制医療ができる仕組みがある。

2016年7月26日,神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に刃物を持った男が侵入し,入所者19人が首を切られるなどして死亡し,26人が重軽傷を負うという不幸な事件が起きた。容疑者に措置入院歴があったことから,事件直後,安倍晋三首相が措置入院の見直しを指示した点を問題視して,国は,措置入院後の対応を検討する方針を早々に打ち出し,有識者会議を立ち上げた。私たちはこうした動きに対して懸念を抱き,7月29日緊急声明を発表した。

2月28日,政府は精神保健福祉法改正案を193回通常国会に上程した。事件後,容疑者は刑事責任能力有と鑑定されている。この1件だけで措置入院後の対応を検討するのであれば,治安維持を目的に,精神保健福祉法を改悪しようとしていると非難されても仕方ない。

当初政府は,法改正の趣旨を説明した資料の冒頭に,「相模原市の障害者支援施設の事件では,犯罪予告通り実施され,多くの被害者を出す惨事となった。二度と同様の事件が発生しないよう,以下のポイント(後出)に留意して法整備を行う」と記述していた。

これでは治安目的の法改正になるという批判が障害者団体や野党議員から強まり,4月13日,参院厚生労働委員会で塩崎恭久厚労大臣は,「このような形になったことをおわびする。その部分の趣旨説明を削除する。しかし,法案の内容は変更しない」と釈明した。野党は「立法事実がないと政府が認めたことになる。法案を出し直すべきだ」と反発している。

削除された冒頭部分のポイントには,(1)「医療の役割を明確にすること-医療の役割は,治療,健康維持推進を図るもので,犯罪防止は直接的にはその役割ではない」 (2)「精神疾患の患者に対する医療の充実を図ること-措置入院者が退院後に継続的な医療等の支援を確実に受けられ,社会復帰につながるよう,地方公共団体が退院後支援を行う仕組みを整備する」 (3)「精神保健指定医の指定の不正取得の再発防止-指定医に関する制度の見直しを行う」と3点が示されている。今回の法改正では,医師の役割や医療の質に加え,精神保健指定医制度の見直しがポイントであると言うなら頷ける。

精神保健福祉法の第2節,「指定医の診察及び措置入院」が定められている。その第27条(申請等に基づき行われる指定医の診察等)には,「都道府県知事は第22条から前条までの規定による申請,通報又は届出のあった者について調査の上必要があると認めるときは,その指定する指定医をして診察をさせなければならない」とある。

そして,第29条(都道府県知事による入院措置)には,「都道府県知事は,第27条の規定による診察の結果,その診察を受けた者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めたときは,その者を国等の設置した精神科病院又は指定病院に入院させることができる」とあり,第27条2項には,「前項の場合において都道府県知事がその者を入院させるには,その指定する2人以上の指定医の診察を経て,その者が精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがあると認めることについて,各指定医の診察の結果が一致した場合でなければならない」とある。

措置入院は,2人以上,すなわち複数の指定医の診察が行われた結果,措置入院非該当と判断する指定医が1人でもいれば,措置入院は成り立たない。複数名の指定医の診察が予定されていても,最初の指定医の診察で措置入院の要件を満たさないとみなされると,2人目以降の指定医の診察は不要になる。いくら健康の回復のためとは言え,患者にとっては不利益処分になる行政権の発動は慎重に行うという仕組みになっている。患者の人権という立場からすれば当然であろう。

精神保健指定医は,精神保健福祉法に基づいて厚生労働相から指定を受ける。指定には,精神科3年以上を含む5年以上の臨床経験を有する精神科医が講習を受けた上で,措置入院または医療観察法1例,統合失調症2例,気分障害,中毒性精神障害,児童思春期症例,老年期精神障害,器質性精神障害各1例,計8例のケースレポートを提出することが求められる。

指定医として登録を受けた者は,2016年7月時点で,1万4793人いる。厚生労働省が2016年に実施した実態調査で,日本国内の精神科医のうち数十名が,患者の診療歴を偽るなどの手口で,指定医の資格を不正取得していた疑いがあることが判明している。中には,指導にあたっていた医師が,不正に関わっていたものもある。

指定医には人権を制限する難しい判断が求められる。←




→こうした重たい責務を負っている資格にも関わらす,不正資格取得が起きる背景には,精神科医療の問題がある。

日本の精神病床は世界最多で,地域医療への移行が遅々として進んでいない。患者に入院を強制したり,身体的拘束を含む行動制限が行われたり,突出した「隔離型」だ。医師自身が,いわゆるハードサイカイアトリー(硬い精神医学)の体質が抜け切れていない。

さらに,指定医資格を持った医師が診療を行った場合,保険診療で有利になる点がある。例えば,通院精神療法,在宅精神療法,精神疾患診療体制加算など,初診で一定要件を満たせば,一般の精神科医より1.5倍高い診療報酬が請求できる。

ある都道府県で,保健所を中心に精神障害者への相談や訪問など,きめ細かな生活支援が行われた結果,措置入院患者が激減したことがある。指定医資格取得のために必要な措置入院患者のケースレポート事例が少なくなり,精神科病院関係者から県当局へ,「措置入院患者を増やしてほしい」と申し入れがあったという話を聞く。レポートのために措置患者をつくり出すと言うのは,本末転倒である。近年,資格取得に必要な事例を集めるための医師の転職サイトまで登場するようになった。

健康の回復のために入院が必要な場合があるとは言え,措置入院など強制力が強いものは避け,任意入院,または通院や家庭訪問など他の方法を選ぶことが肝心だ。いかに措置入院を行ない,いかに退院後の支援を行なうかよりも,いかに措置入院になるような事態に陥ることを防ぐかが大切である。

精神的健康を損なった人たちには,社会や人間関係への不信感を抱き,孤立しがちだ。そうした中には,医師が話を聞いてくれない,診察時間が短い,薬づけにされる,予約が取りにくいなど,精神科医療や医療関係者への不満を持っている人たちも少なくない。

精神的な危機に際しては,頻回の面談や家庭訪問,電話での緊急相談など,プライマリケア段階での支援が欠かせない。患者がエンパワーメントされるための協調関係や信頼関係は,健康の回復のために不可欠である。

一人の医師に司法的判断も含めた強力な裁量権を与えている指定医制度が,我が国の精神科医療をゆがめている側面がある。今日,指定医を巡る制度疲労が顕著になっていることは否定できない。

医師の人権感覚の涵養は,健康の回復のためのスキルの向上や生活者リアリズムのあるヘルスケアスキームの導入によってこそ実現するというものであろう。ケースレポートと講習だけでは,こうした人材の育成と確保には限界がある。指定医制度の抜本的な見直しは避けて通れない。

(マインドファースト通信編集長 花岡正憲)

第153回理事会報告

日 時:2017年4月11(月)19時00分~21時00分
場 所:マインドファースト事務局オフィス本町 高松市本町9-3白井ビル403
事務連絡および周知事項,報告事項:省略

【議事の経過の概要及び議決の結果】

第1号議案 香川県共同募金テーマ募金集計報告に関すること:花岡理事が4月26日までに報告書を作成し提出することが承認された。3月31日時点での寄付金総額は,495,991円になった。

第2号議案 ユーザーの居場所作り事業に関すること:居場所づくり企画運営委員会並びに報告書について担当者の報告があった。会議では以下の内容が了承された。①花房氏は当人の希望により,昨年度末で,企画運営委員を辞任する。②4月17日に高松圏域自立支援協議会精神保健福祉部会の照下氏から物件情報を得ることになっている。③居場所利用者が気持ちよく過ごすためのルールづくりをする。④次年度の共同募金会への申請を5月10日までに提出する。

第3号議案 出張旅費規程に関すること:出張旅費規程(案)が審議され承認された。2017年4月9日付で発効する。

第4号議案 活動費規定に関すること:フォークス21相談事業の継続利用者(家庭訪問支援)の依頼で大学の入学式に同行支援したケースの活動費について審議が行われた。フォークス21の相談支援の一環として,「同行援護」の項目を設け,1時間当たりの料金を2,000円とし,活動費としての支給額を1時間あたり1,000円とすることが承認された。

第5号議案 2017年度事業計画に関すること:①ファミリーカウンセラー養成講座基礎コースのアシスタント講師(大北,高儀,花崎)が決定したので,チラシ印刷原稿を花岡理事が作成しAIYAシステムに印刷並びに宛名ラベル作成等を依頼することが承認された。4月23日に発送準備作業を行う。②ブロシュール等印刷について,検討を行う。

第6号議案 広報の体制に関すること:新聞各社へのFAXは上間理事が担当することが了承された。

第7号議案 2017年度総会の準備に関すること:①定款の変更(案)を総会で審議することが承認された。②総会(6月19日18時~20時)の会場は,上間理事が四番丁コミュニティセンターを予約する。③役員改選の年度になるため,理事長名で会員に理事の自薦・他薦の依頼文を郵送することが承認された。文面案は,花岡理事が作成する。④議案書は5月中に作成し,5月22日の週に監査を依頼する。

第8号議案 その他:5月グループミーティング(おどりば)の開催日が祝日のため,会場予約を1週後に変更することが承認された。

編集後記:「共謀罪」法案を政府が国会に提出しました。犯罪を行なおうとする複数の人の合意,すなわち「共謀」を罪としようとする政府の提案は,繰り返し国会で否定されてきました。これで戦後4回目の提案です。政府は今回,この法案を「テロ等準備罪」と看板をかけかえ,277の犯罪についてその共謀を取り締まる方針です。政府は,「一般人が対象になることはあり得ない」と説明しますが,事実上,市民生活のあらゆる分野で,捜査,監視,取り締まりを可能にすると言うものです。市民を監視する社会では,市民社会の活力が損なわれてしまいます。市民活動には,政治や公的サービスの行き届かない地域社会の課題に先駆的に取り組んでいるニッチ(社会の隙間)なものが少なくありません。基本的には,反体制的・非政府(non-government)的側面があることも事実です。とりわけ少数者・弱者保護,権利擁護と言った支援活動分野では,支配体制や時の政治機構に対して批判的にならざるを得ない局面も出てきます。共謀罪は,通常の生活を送っている一般人は犯罪捜査の対象にならないと言いますが,何が通常の生活なのか,定義することは困難です。支配者は,人と人との関係や集団を固定化・同質化させ,予測性をもって支配できた方が安心なのでしょう。本来,個人やローカルな活動を社会へ還元していくことが,国民の利益にもなるはずですが,異質性,多様性を認めない国家主義,全体主義社会は,国にとっても大きな損失です。(H.)