特定非営利活動法人 マインドファースト

マインドファーストNPO認証取得記念プライマリケア・シンポジウム終了報告
 2008年3月15日(土),香川県県民ホールにおいて,「がん患者と家族−がんと心のケアを考える−」と題して,マインドファースト主催のシンポジウムが開催された。本シンポジウムは,2006年12月,マインドファーストが,事業のさらなる拡充を図るために,特定非営利活動法人の認証を取得したことを一つの節目として企画されたものである。
 香川県と高松市をはじめ,33団体からの後援があった。参加者は115名であった。

 開会にあたり,挨拶の中で当NPOマインドファースト理事長の本丸真実から,本シンポジウムの趣旨について以下のような説明が行われた。
 2007年4月,がん対策基本法が施行された。今日,がんが国民の生命及び健康にとって重大な問題となっている。マインドファーストは,活動の柱の一つに,「精神的不健康状態の予防とプライマリケア段階における健康の回復」を掲げている。がんと診断されたときから,患者をはじめ家族は,がんに関するさまざまな情報に取り囲まれるようになり,医療者からがんについて触れられるたびに,患者や家族の心に大きな負担がかかるようになる。こうしたことが,がんが心に与える最も大きな影響のひとつといえる。患者の精神的ストレスを軽減し,患者の心のあり方にそってケアを行い,QOLの向上を図ることは,プライマリケア場面における大きな課題である。
 こうしたことから,第一線でがん医療に従事する人たちと患者や家族とのコミュニケーション,さらには医療従事者自身の心のあり方が,非常に重要になってくる。患者,家族,医師,看護師,その他がんという病気とかかわる人たちは,告知をはじめとして,こうした課題にどのように向き合い,またどのように取り組んで行くのが望ましいのか,がんが患者と家族の心に与える影響を理解するとともに,その精神的な負担の軽減を図るために,私たちにはなにができるかを一緒に考えてみたい。

 第1部の基調講演では,国立がんセンター東病院精神腫瘍学開発部特別研究員の藤森麻衣子氏が,「がん医療におけるコミュニケーション」と題して,50分間の講義を行った。
 冒頭,人ががんの告知を受けたときの反応をDVDで紹介し,がんになっても希望を持って当たり前の生活を送れることが大切と強調された。2007年4月のがん対策基本法の施行を受けて,がん対策推進基本計画が策定された。がん患者や遺族も参加し協議された基本計画には,「がん医療における告知等の際には,がん患者に対する特段の配慮が必要であることから,医師のコミュニケーション技術の向上に努める。」と謳われている。
 難治がんの診断や再発,抗がん治療の中止などの「悪い知らせ」は患者,家族にとっては衝撃的な出来事であり,その後の心理的な適応に影響を与え,生き方を根底から変えてしまうことすらある。また同時に「悪い知らせ」を伝える側の医療者にとっても心理的な苦痛を伴うものである。医学の進歩や社会の情報化に伴い,医療者が患者に悪い知らせを伝えることは必須となりつつあるが,患者のニーズが多様化していることから,「何を伝えるか」だけではなく「どのように伝えるか」という患者-医師間のコミュニケーションが重要な時代となった。海外では,医療者を対象とした「悪い知らせ」を伝える際のコミュニケーション・スキル・トレーニング・プログラムが開発され,教育現場で実践されている。一方,わが国における患者-医師間のコミュニケーションに関する研究は,近年着手されたばかりであり,今後の研究成果の蓄積を必要としている。
 国立がんセンターで行われた,悪い知らせを伝えられる際のコミュニケーションに対する患者の意向に関する研究結果を示すと共に,この研究成果から作成したコミュニケーション技術研修プログラムについて,ビデオを交えて詳しい解説が行われた。

 第2部のシンポジウム「がん患者と家族−がんと心のケアを考える−」は,香川県立保健医療大学准教授で,マインドファーストの理事でもある中添和代氏がコーディネーターをつとめた。

 最初の発言者,香川県立中央病院副院長渡邊精四郎氏は,「がんの告知について」と題され話をされた。
 現在ではがんは治ることが多く,がん治療は日進月歩であることから,告知することが必ずしも死を宣告することにはつながらない。長生きするほど,それだけ良い治療を受けられるようになるとも言える。しかし,がんは全死因の3分の1を占めており,多くの人ががんで命を失っていることから,がんの告知により,精神的にも肉体的にも苦しみながら死を迎える不治の病と考えしまいがちである。一時的にしろ,ある程度青空が見えないでは,生きる希望が奪われてしまうのは無理もない。
 患者自身が病名を知りたくない場合や患者の判断能力が十分でない場合などは,慎重に対処する必要があるが,基本的には,患者に理解できる形できちんと説明することが重要である。患者自身ががんに立ち向かうための第一歩が,がんの告知だと言える。
 医師としては患者が告知によって苦しむのではないかという不安から,告知へのためらいを感じるかもしれない。それでも,告知後の患者の精神的苦しみに向き合い,患者にとっての最善の医療を提供するために医療の専門家として全力を尽くすのだ,という医師自身の覚悟や誠意が患者やその家族にきちんと伝わるような姿勢を示すことが大切である。こうしたことが,命ががんによって侵食されないようにがんを押しかえす力を引き出すことにもつながる。

 2番目のシンポジストのがん患者の会「さぬきの絆」会員大谷智子氏は,がん患者家族の立場から「がん患者家族として今,伝えたいこと」と題して話された。
 夫が4年前の年の暮れから風邪症状で咳をするようになり,近所の診療所で診てもらい薬を飲んでいたがよくならず,翌年2月岡山の病院で診察を受けた。翌日の午後,病院から詳しい説明もないままにすぐ入院するようにすすめられ入院したところ,検査の結果,進行性肺がんと診断され,余命6か月と宣告され,抗癌剤治療がはじまった。
 4回の入退院を繰り返すなかで,結局がんの進行を止めることができず,延命治療はいらないという夫の希望で退院することになった。退院の日,「みんなは裏口から帰るけど,俺は表から帰る」と語る夫は満足そうであった。週2回,医師と看護師の訪問を受けながら,在宅で痛みのコントロールを行った。ある日,夫が,傍にいてくれと私を離そうとしなかったため,息子夫婦を家へ呼んだ。夫は,退院してからは,夢の中で孫たちと遊んで,よく孫の名前を呼ぶことがあったが,この日も夫は夢をみているのか,幼い子供が身体をくすぐられて笑いころげるように笑い,それに対して私も息子夫婦も合わせて笑った。こうした中で夫は息を引き取った。このような夫の看取りをとおして,がん患者と家族の心の持ち方の大切さということに気がついたと語られ,最後に,今ご自身が体験されているヨガの健康法を紹介された。

 3番目のシンポジスト香川県立中央病院緩和ケア推進室 西山美穂子氏は,「がん患者・家族とのかかわりの中で」と題され話された。
 香川県立中央病院では,2004年6月より緩和ケアチームの活動が行われている。チームは医師,看護師,薬剤師などの多職種からなり,一般病棟に入院しているがん患者と家族を対象に,痛みや痛み以外の身体的な苦痛症状の緩和,不安などの精神面のサポートを行う。チームメンバーはそれぞれの専門の立場から意見交換を行い,主治医や病棟看護師と協力して,患者と家族の苦痛や症状の緩和を図る。
 緩和医療,緩和ケアという言葉は,まだまだがん末期の患者を対象にするものといった印象が強い。しかし,「患者・家族にとってできる限り良好なQOLを実現すること」を目的とする緩和医療は,末期がんだけではなく,すべてのがん患者,またがん以外の慢性の経過をとる患者とその家族の誰もが必要とする医療である。
 がんと診断された時点で,20から50パーセントの患者が痛みを経験している。新しい治療の開発や導入が進み治癒するがんも増えているが,がんという病名から「死」の連想とその恐怖を払拭することはたやすいことではない。不安や落ち込みや苛立などにさいなまれる中で,患者が希望を持てるよう,ベッドサイドでできるいろいろな試みを行っている。

 最後のシンポジストで,高松赤十字病院医療社会事業課の臨床心理士でマインドファーストの理事の
島津昌代氏は,「がん医療チームの中での心理士の役割」と題して話をされた。
 人にとって簡単に治癒しない病気を体験することは,大変大きなストレスを抱えることである。「がん」は,まさにそうした病気の代表である。2006年7月から,院内に,外科医,麻酔科医,薬剤師,看護師,理学療法士,医療ソーシャルワーカー,臨床心理士からなる緩和ケアチームを発足させた。緩和ケアチームの利点の一つは,多職種がそれぞれの専門的な観点から患者の問題をサポートできるということである。一方で,チームとしての機能を高めるためには,それぞれ専門分化した患者さんとの関わりを,職種間のコミュニケーションをとおして,統合していく作業が大きな課題になる。
 仕事に生きがいを感じていた中年男性で,当初は,「手術をすれば大丈夫,きっと良くなる」と信じて過ごしていたが,発熱や些細な異変を感じると「不安」になり,次第に「落ち込み」が強くなったために,主治医にカウンセリングをすすめられ,亡くなるまでの2年間臨床心理士として個別に関わったケースを紹介。
 心理士としては直接患者に関わる仕事もあるが,他の医療スタッフ(主に看護師)も患者との関わりに悩んでいることは多い。こうした場合は,スタッフの話を聴くことで,スタッフに技術的助言を行い,情緒的にもサポートするやり方で,間接的に患者への支援を行うのも臨床心理士の役割であると締めくくった。

 今回のシンポジウムでは,がん医療に関して,主として医療従事者のコミュニケーション・スキルの向上に関することが中心でしたが,これからは患者自身のコミュニケーション・スキルの向上も大きな課題です。自分の考えを前もって整理しておき,医師に上手に自分の考えや希望を伝えられる賢い医療消費者になることが,患者にとって望ましい方向に医療現場を変えて行けるのではないかと感じた次第です。参考までに,藤森講師が講演の中で触れられた,がん患者と医療者との良好なコミュニケーションをサポートする小冊子「コミュニケーションの道しるべ」(アストラゼネカ)をご紹介しておきます。冊子の入手の方法等詳しいことは,下記をご覧下さい。
http://cancernavi.nikkeibp.co.jp/information/post_711.html
(文責:マインドファースト広報担当 花岡正憲)
 なお,本報告書を作成するにあたり,シンポジウム当日,参加者に配布された講演要約集を参考にさせていただきました。
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