緊急声明

障害者施設殺傷事件を受けて


7月26日,神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設に刃物を持った男が侵入し,入所者19人が首を切られるなどして死亡し,26人が重軽傷を負うという不幸な事件が起きました。今回の事件が障害者の社会生活に与える影響を憂慮するとともに,こうしたことを二度と起こさないためにも,私たちの社会に何が求められるか,3つの観点から声明を公表いたします。

(1)法律や制度の整備,そして何よりも地域での地道な取り組みの中で,障害者の社会生活に一定の改善が見られる中で,いまだに障害者に対する差別と偏見は根強いものがあります。世間には障害者に対するひどい扱いをする人たちがいると身を潜めて生活する障害者は少なくありません。

2016年4月1日,障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として,差別解消法が施行されましたが,自治体での取り組みは遅々として進んでいません。さらに,今回の事件は,精神科病院への入院歴がある者の犯行であったことから,精神障害者に対する差別を増長させることが懸念されます。

精神医療を受けている人たちや精神障害を有する人たちが,地域社会の中で孤立し,社会参加の意欲を委縮させることがないよう,地域レベルでの啓発活動が欠かせません。特にこのところの経済優先,福祉後退の基調の中で,社会的弱者への思いやりが希薄になりつつあることは否めません。啓発活動は,ここまでやれば充分と言ったものではなく,不断の取り組みがあってこそ障害者の住みづらさが軽減されるものと言えます。

(2)精神保健福祉法には,自傷他害のおそれのあるものは,司法の関与がなくとも,一定の行政手続きの上,措置入院と言う公権力による強制医療ができる仕組みがあります。今回の事件を受けて,国は,措置入院後の対応を検討する方針を早々に打ち出しました。私たちはこうした動きに対して懸念を抱くものです。

2001年6月8日,大阪教育大学附属池田小学校で起きた無差別殺傷事件では,8名の児童が死亡しました。被疑者は事件前に措置入院歴と精神科受診歴があり,その後の調査により,措置入院制度の限界に加えて精神医療のあり方も問われることになりました。他害のおそれありとして措置入院がとられたケースが,退院後に重大な他害行為を行ない,公判において刑事責任能力を減免するような精神障害は認められないとされ,実刑判決になるケースは少なくありません。こうしたケースについて,他害行為を未然に防ぐことを目的とした一定の対処方法が共有されていないのが現状です。

措置入院は,不利益行政処分であり,その選択は厳正かつ限定的に行われるべきことは言うまでもありません。一方で,医学的次元を超える複雑かつ困難な問題を抱えた精神的危機状態にある人々が増える中で,その支援の落としどころとして,措置入院が適用されている側面は否定できません。精神科医療現場は,医療モデルの限界を感じながら,措置入院を便宜的ないし脱法的に用いざるを得ない矛盾の中にあることも事実です。

こうしたことから,措置入院ありきを前提として,措置解除の要件や退院後の対応だけを検討するのでは議論が矮小化し,入院の予防拘禁的長期化を招き,退院後の支援も強制力の強い生活行動監視となりかねません。精神疾患の有無や自傷他害のおそれの有無だけを基準にした措置入院制度の検討に加え,一時的に精神的危機状態に陥り,他害行為に走るおそれがある人たちへのヘルスケアの技術面の刷新と包括支援が行える体制の整備が求められます。退院後の望ましいとされる事後の支援は,必ずしも措置入院という選択をしなくても行なえる本来の地域支援でもあるはずです。私たちは,複雑困難な事情を抱えた精神的危機状態にある人の支援という広がりのある視点で支援のあり方を検討することを求めます。

(3)今回の事件は,社会経済的次元でも深刻な問題をはらんでおり,私たちは,政治の責任が問われる課題であると考えます。近年,年金生活者,高齢者,生活保護受給者は,財政を圧迫すると言うヘイト感や,政治の場における障害者福祉に関する議論が見えにくくなったという印象が気になっております。今回の事件は,こうした空気感の中で起きました。同じ人間でも,自分と異質なものを排除してもよいという風潮は,ヘイトスピーチに先鋭的に現れています。ヘイトスピーチ法規制に対する躊躇や罰則規定を設けない消極姿勢は,ヘイトクライムにつながりやすいという見方もあります。身体的変形,人種,性,宗教,精神疾患などの個人的特性による差別は,差別の根源としてのスティグマ(烙印)であり,およそ表現の自由とは相いれない深刻な社会問題であるとの認識が必要です。

容疑者は,「重度障害者の大量殺人は,日本国の指示があればいつでもできる」と語ったことがあり,事件に先立ち衆議院議長に出した手紙は,「想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが,安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております」と結ばれています。容疑者のものと思われるツイッターには, 事件当日の26日未明に,「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」という文章が残っています。美しい日本(beautiful Japan)を唱えてきた国の指示があれば行動するという文脈が見てとれなくもありません。国が指示をするはずがないとは言え,容疑者をそうした文脈の中に身を置かせることになったものは何でしょうか。再発防止のためには,こうした視点でも事件の深層の解明が待たれます。

経済優先の中で生産活動に従事していない者への差別意識が,障害者が大切にされなくてよいという風潮を生み,ヘイトクライムのターゲットにされるようなことは,断じてあってはなりません。政治とマスメディアの社会的弱者に対する無関心と非寛容な言説は,障害者だけでなく不遇や逆境にある人々の社会的排除の様々なリスクを高めます。ナチス・ドイツで,ユダヤ人大虐殺以前に,30万人に上る障害のあるドイツ人が抹殺された歴史を忘れるわけには行きません。障害者福祉へお金をかけるのは無駄で実りがないという不安や疑念を払拭するためにも,また国家理性を失わないためにも,政府による国民への語りかけや首相声明があってしかるべきかと考えます。


2016年7月29日

認定特定非営利活動法人マインドファースト