問われる発達障害の早期診断と支援
マインドファースト通信編集長 花岡正憲
11月7日,香川県子育て支援課と教育委員会特別支援教育課共催で,子どもの発達に携わる保健・医療・福祉・教育関係者を対象にして,子育て支援セミナーが開催された。
本セミナーでは,独立行政法人国立精神神経研究センターから講師を招いて,1歳半健診で自閉症・広汎性発達障害の可能性の高い子どもの発見のために開発されたM-CHAT(改訂版 乳幼児自閉症チェックリスト)を用いた早期発見と支援に関して解説が行われた。
精神症状の初期症状のスクリーニングを通して,行動面で問題がある子どもに対して早期の支援を行なうにあたり,いくつかの課題と,関係者が留意しておくべきことについて触れておきたい。
セミナーの冒頭において,母子保健現場におけるエビデンスベース(科学的根拠)の大切さと,自閉症スペクトラム児への早期診断による就学前支援は,成人後の生活の質を高めるという早期発見の意義が強調された。
支援群と非支援群の予後調査については,現在のところ,あくまでも事後的(retrospective)調査に基づくもので,いわゆる比較対象試験は行われていない。
子どもの成長は,ある時点で問題があっても,思春期・青年期には診断要件が消えていることもある。こうしたことから,事後的調査においては,非支援群のうち,調査時点で何らかの問題を抱えているケースは捕捉されやすいが,その後の発達に問題がなかったケースは追跡調査が難しく,調査対象からはずれることが多いため,非支援群の母集団には偏りが生じやすい。
アーティファクトを排し,早期診断と支援の有効性を科学的に証明するには,ランダム化比較対象試験が望ましい。すなわち,子どもが自閉症スペクトラム障害と診断された時点で,支援群と非支援群に分けて,その後の発達過程を追っていくやり方である。
しかし,発達障害の場合,一定の有効性が認められる支援方法が確立しているわけではなく,また,子どもの発達には,フォーマルな支援以外の心理社会的要因が複雑に絡み合うことなどから,プログラムのデザイン化や精度管理には,身体医学モデルにはない難しさがあることを認めざるを得ない。また,非支援群は,自閉症スペクトラム障害と診断された子どもに対して,支援を行なわず,そのナチュラルヒストリー(自然史)を追跡することになるため,倫理的にも問題なしとはされない。
リスク管理や費用対効果と言う点からは,プライマリーケア現場において,できるだけ早期の発見につとめ,適切な支援につなげて行こうと考えるのはもっともなことではある。とはいえ,チェックシートは,簡便な方法だけに,保育・教育現場に持ち込まれ,リトマス試験紙のような使われ方をされると,適切な支援技術や社会資源が整っていない段階では,単なるラベリングになりかねない。
陽性だけでなく,偽陽性や偽陰性といったボーダーライン上にある人への検査結果の伝え方一つにしても,ケースそれぞれの事情で異なってくるはずだ。「気になるところはあるが,心配ありません。経過を見ましょう。何かあればまたご相談にきてください」と言った定型化された対応では,親は不安になるばかりだ。非意図的にしろ,支援による子育て環境へのコンタミネーション(汚染)も起こりかねない。
一般の健康問題については,サーベイランス(経過観察)のガイドラインが示されているものもある。しかし,本来,健康と不健康の境界は曖昧なものが多く,とりわけ,リジリエンスが高く,個体差があり多様性に富んだ発達と言う課題について,ステレオタイプなガイドラインはなじまない。
通常,早期診断を目的として利用されるチェックシートには,カットオフポイントが定められている。例えば, 24/25で示されるカットオフポイントでは,24以下が陰性,25以上が陽性とされる。そもそも正常と異常の境界は,不連続なものではない。この1点差は,意味のない差である。
しかし,予防という立場からは,陽性と判定されるべきものを間違って陰性と判定してしまうことの懸念から,網を広くかけ,早期発見・早期支援の対象にしようとするインセンティブが働きやすい。運用段階で,カットオフ値を低くして,感度を高めておくとか,カットオフから1,2ポイント低いものも偽陰性として,経過観察や保健指導の対象にしようとする。保健医療現場における関係者の思惑から,ローカルルールが発生しやすいところでもある。
発達障害を抱えた子どもたちは,思春期以降に,うつ病をはじめとした精神疾患を発症させやすいと言われる。人が人生のある時期に精神疾患を発症させる原因は,単純ではない。疾病の未然防止を理由に,人生早期の子どもの行動に対して,精神医療や心理分野の守備範囲を広げていくのは,職業倫理の上でも問題がある。プライマリーケア現場で起こりがちな恣意を排し,本来の予防と健康づくりに取り組んで行くには,保健・保育現場におけるプライマリーケアのスキルとガバナンス(統治責任能力)が問われる。←




→胃がん検診において内視鏡(胃カメラ)を使うことが増えている中で,2013年8月厚労省は,研究班の結果を踏まえ,内視鏡検査により胃がん死亡が減少する科学的根拠が不十分と判断し,公費で行う検診としては「推奨しない」と結論づけた。内視鏡はがんを見つける精度は高いが,治療が必要のない早期のがんも発見する恐れがあるというのが理由である。
成人を対象とする健診においても,メタボリック症候群の診断の医学的価値や基準値の科学的根拠が疑問視されている。早期診断が必ずしも生活の質や生命予後を改善しないという理由から,検査項目や感度を見直すのが世界的趨勢である。そうした中で,わが国では,オプションとされた検査項目がルーティン項目に入れられるような混乱も起きている。
予防医学や健康増進への関心の高まりが,情報社会における不安産業という新たな市場を生み,過剰診断や正常の医療化という流れが起こりやすくなっていることは事実である。子育てに関わる関係者は,こうした健康産業の網の目があることも知っておく必要があろう。
2013年5月,DSM-IV(アメリカ精神医学会精神障害の診断と統計の手引き第4版)の改訂版であるDSM−5が公表された。発達障害関連では,広汎性発達障害の下位分類が廃止され自閉症スペクトラム障害として統合された。
DSM-5では,アスペルガーという概念も削除された。独立した症候群とみなす診断学的根拠がなく,自閉症スペクトラム上の特徴ある一群という見方になっている。こうした議論は,早くからなされていたことではある。DSM-5によって,これまでアスペルガー障害とされた人のうちで,自閉症スペクトラムに残る人と,これからはずれる人が出てくることは確かなようだ。正常と異常の境界は,本来明確ではない。自閉症を自閉症と正常の連続体の中でとらえようとする。障害に対する考え方としては,多少の進歩と見ることもできよう。自閉症をはじめとした発達障害に対する考え方は,固定的なものではなく,今後も変わっていくことが十分予想される。
通常学級でも,10%が発達障害であるという数字が示されている。そもそも,この異常とも言える多さが,正常範囲の子どもの行動について精神医学的見方が広がりすぎて,他の見方が入る余地がなくなっている現れと見ることもできる。
発達障害の早期診断は,就学前から乳幼児健診時,さらに胎生期へと前倒しされる傾向にある。今日,周産期のみならず,霊長類研究やロボット(人工知能)の分野でも胎児・新生児研究が行なわれている。胎児環境にはじまる人生早期の発達環境に遡って,この問題を解明しようと言うことだ。
発達障害については,バイオマーカーも見つかっておらず,治療法も確立していない。いずれにしても,DNA以上に,良くも悪くも支援を含めた心理社会的環境の方が,子どもに多くのものを伝え,その発達に影響を与える。この事実を超えるものは,今のところ見当たらない。
人が子どもの利益のためと思ってしていることが,意図に反して大きな損失をもたらすことがないとは言えない。そもそも発達とは何か,さらに発達とは誰のためかをあらためて考えてみる。関係者にはそうした冷静さが求められよう。
第102回理事会報告
日 時:2013年11月11日(月)19時00分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 認定NPO法人取得助成金申請に関する事項:グリーフワークかがわと共同募金会からそれぞれ推薦状を届けられた。グループホームネット香川にも依頼中である。申請書を一部修正し,13日に提出することが承認された。
第2号議案 サバイビングとおどりばのブロシュールに関する事項:ブロシュールは現在印刷中,来週には完成予定である。発送先はメーリングにて確認,発送の作業は11月24日,男女共同参画センター交流室にて行うことが承認された。
第3号議案 クライシスサポートカウンセリングの6回終了後の対応に関する事項:クライシスサポートカウンセリングの6回無料相談終了後,有料での継続したカウンセリングが受けられない事例に関して,10月のファミリーカウンセラー会議で議論になった。この機会に,当法人のミッションに立ちかえり,経済的困窮者等の相談料軽減措置について,今後情報収集等を行ないつつ継続審議とすることが承認された。
第4号議案 2014年度ファミリーカウンセラー養成講座に関する事項:第1回の企画会議を12月中に開催する方向で日程調整を行うことが承認された。事前研修会の狙いは,講師をつとめるにあたっての勉強会とし,ファミリーカウンセラー会議の中で調整することが承認された。
第5号議案 居場所づくりに関する事項:プロジェクト会議の進展は現在なく,ピアの人たちが何を求めているかについて,立ちかえった議論を重ねる必要がある。ピアの人たちに話し合いの提案をすることが承認された。
第6号議案 調査研究に関する事項:高松市の協同企画提案事業の募集が12月に見込まれており,情報収集し,企画書を提出する方向で動くことが承認された。
第7号議案 2013年度地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:普及啓発事業であるファクトシート,「心的外傷の支援」と「うつ病の再発防止」をテーマに作成することが承認された。
第8号議案 12月の理事会等の日程に関する事項:理事会を12月9日(月),ファミリーカウンセラー会議を12月16日(月),スーパービジョンを12月22日(日)とすることで承認された。
 編集後記:僅かにカニの身は入っているが,「カニカマ」を食べて,「カニ」だと思ったのにだまされたという人はいないでしょう。偽装ではなく,両者が別の食べ物であるという認識が,関係者に共有されているからです。これは,「コーヒー」と「缶コーヒー」の関係についても言えます。食材偽装は,第一義的には業者の問題ですが,グルメ志向のわが国ならではの出来事とも言えるでしょう。かといって,これも市場原理だと割り切るわけにはいきません。情報社会では,営利主義操作によって,本来のグルメ(食通)にアイデンティティの危機が起こりやすいことも事実です。当たり前のことではありますが,ガイドブックや看板を鵜呑みにするのではなく,ユーザー(消費者)活動の原点に立ち返ることでしょう。商品について分からないことは,知ったかぶりをしたり,遠慮したりせずに,尋ねる。毎回,シェフとの会話を大切にしろとまで申しませんが,食材の生産地や調理法を店員に気軽に尋ねてみる。そうすることで,それまで見えてなかったものが見えてくるかも知れません。(H)