問われる「問う力」
   〜 大切な日常生活におけるピアレビュー 〜
マインドファースト通信編集長 花岡正憲
注目を浴びた科学論文が,その構成だけでなく,研究の根幹が揺らぐ事態になった。そもそもSTAP細胞発見の取材報道に,唐突感や違和感を覚えていた人は少なくなかったであろう。騒ぎ過ぎる雰囲気の中で,そっと見守る方が良いという趣旨のことを述べたiPS細胞開発者,山中伸弥教授のコメントが印象に残っている。STAP細胞自体の存在に懐疑的であったというわけではないであろうが,あのような形でカミングアウト (世に出ること)した研究者と研究者を育てる社会風土に警鐘を鳴らしたいという思いがあったのだろう。
割ぽう着,研究室の壁紙,休日の過ごし方など,インタビューは,研究者小保方氏に対するものではなく,はじめからオボちゃんに関するものだった。週刊誌には,ノーベル賞ものかと言った記事やリケジョ特集が躍った。アイドルをつくり出そうとする空気感が加速され,なにか手の込んだ,やらせ報道の連鎖を見せられたような後味の悪さが残った。
1985年から2010年9月まで25年間,CNNの生放送トーク番組ラリー・キング・ライブのホストをつとめたラリー・キング氏は,「人々は,誰が有名人であるかを知っているが,有名人のことをあまり知りたがらない」と語っている。
STAP報道の後,ラボ関係者にかぎらず,割ぽう着やムーミンの壁紙を買いに走った人もいたのではないか。もし
かしたら,オボちゃんグッズが店頭に並んでいたかも知れない。有名人は美化・理想化され,対象の価値観,好み,態度,振舞などが,人々に取り入れられて行く。その一方で,実像や全体像は見えにくくなる。マスメディアと人々のファナティシズムによって有名人が商品化され,都合よく消費されて行く。この風潮は,自己の物語をいかに展開したらよいかという,人々が抱えている生きづらさの裏返しと見ることもできよう。
3月18日付の東京新聞には興味深い特報が掲載されていた。社会にウソがまん延するのは,だましてほしい国民がいる,作りものを見て満足したいという心理があるからだという。確かに,行列ができる讃岐うどんやエシレの店に並ぶとき,だまされたつもりで,という遊び心もなくはない。しかし,このところの一連の出来事は,真実を知ることへの怠慢と言う社会心理が招いたものと言える。
あの日のインタビューが,事前にリサーチを行なった学術記者によって落ち着いた雰囲気のもとで行われていれば,これほど傷口を広げなくて済んだのではないだろうか。社会の側に本来の問う力が乏しかったために,失われたものが少なくない。先の偽装作曲,食材偽装,全日展作品偽装,臨床研究データの改ざんなどと根は同じであろう。
英国公共放送BBCに「ハードトーク」(注)という番組がある。政財界,スポーツ界,エンターテインメントなど,各界の要人や責任者を招いて行われるインタビュー番組である。インタビュアーは,予め行った綿密な調査にそって,切り込んだ質問をして行く。インタビューされる側は,返答に窮←




→し,資質が問われ,不快な感情を露わにすることもある。「23分間のインタビューは,相手を怒らせてスタジオを出て行かせることを目的としているのではありません。当人が,何をどう考え,本当は何をしたがっているのかを視聴者に知ってもらいたいからです」。長年ハードトークのインタビュアーをつとめるスティーブン・サッカー氏は,彼自身が別の番組で受けたインタビューの中でこのように語っている。
他者からの問いかけの中で自分のあり方を真剣に問い,気づきを自我に刻んで行く過程は苦痛を伴うことがある。今日,ネット空間の絵文字やLINEなどに象徴されるように,人に嫌われないこと,人とつながっていることには敏感であるが,真剣なトークや明確に意見を述べることには臆病な世界が広がっている。
Jリーグサポーターの横断幕事件も,作った当人は,あのような反応が返ってくるとは,予想もしていなかったことだろう。むしろ,どこかで目にした「Staff only」や「Women’s only」などの連想から気の利いたフレーズを思いつき,「受け」を狙う思いさえあったのかも知れない。公共空間における「Japanese only」という表現が,どのようなメッセージ性を持つかについて,サポーター仲間同士で事前の意見交換があったとは思えない。
Jリーグサポーターの横断幕事件も,作った当人は,あのような反応が返ってくるとは,予想もしていなかったことだろう。むしろ,どこかで目にした「Staff only」や「Women’s only」などの連想から気の利いたフレーズを思いつき,「受け」を狙う思いさえあったのかも知れない。公共空間における「Japanese only」という表現が,どのようなメッセージ性を持つかについて,サポーター仲間同士で事前の意見交換があったとは思えない。
STAP細胞論文は,14名の共同執筆者からなる研究論文である。リリース前に執筆者間で検証し合うピアレビューという場を持てたはずだ。画期的な研究にあやかりたいという思いから,共同執筆者として名前だけを連ねていたとは考えたくない。偽装作曲も同様だ。ゴーストライターの告白以前に,作曲家仲間でのピアレビューの機会はあった。
研究者,芸術家,企業人などの倫理観を問うことは易しい。しかし,その前に,普段の仲間づくりや町づくりなども,私たちの倫理的・道徳的関心とどれだけ密接に結びついているか見つめなおしてみる必要があろう。問う力を回復する
場は,もっと身近なところにある。今,何よりも問われているのは,私たち自身の中にある小保方氏ワールドであり佐村河内氏ワールドであろう。
(注)ハードトーク(HARDtalk):ハードトークのハードには,単に「厳しい」とか「つらい」というのではなく,「(事実・情報・証拠などが)否定できない,確かな,信頼できる」という意味がある。ハードトークは,会話に明証性が求められるという点で,結果的にはインタビューされる側にとって,厳しく,つらいものになることがある。
第106回理事会報告
日 時:2014年3月10(月)19時00分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 2013年度地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:3月中に各担当者は報告書をメーリングリストで送信し事務局がまとめ4月10日までに県の担当課に提出することが承認された。
第2号議案 2014年度地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:対面型相談支援事業に若年者の相談事業と,居場所づくりを新規事業として追加すること,また強化モデル事業の新規事業として,ハイリスク者の調査研究を追加し,担当を浅海理事とすること,3月17日までに各担当者は計画書をメーリングにて送信することが承認された。
第3号議案 認定NPO法人に関する事項:認定NPO法人取得のための,パブリックサポートテストの試算を2012年度,2013年度2か年の通年で行ったところ20%以上になるとの報告が事務局よりあった。今後税理士のコンサルテーションも受け,取得の事務手続きに入ることが承認された。
第4号議案 ファミリーカウンセラーの活動規則に関する事項:規則の原案は作成中で,継続審議となる。
第5号議案 次年度の事業計画に関する事項:電話相談担当者が4月から減少する予定のため,新たなピア相談員を募ることが承認された。また,ファミリーカウンセラー会議の議長について,ファミリーカウンセラーの中から選任することが承認された。
第6号議案 2014年度総会の準備に関する事項:総会の日程を6月2日とすること,事業計画を早急に立てることが承認された。
第7号議案 相談料の減免措置に関する事項:審議未了で継続審議となる。
第8号議案 調査研究に関する事項:審議未了で継続審議となる
第9号議案 高松市協働企画提案事業に関する事項:標記の事業が不採択になったが,その理由について担当理事が文書にて市長に問い合わせることが承認された。
 編集後記:カウンセリングは,クライエントが抱えている課題を解決するために,本来の問う力が求められる仕事です。しかし,あまりクライエントに質問すると相手を傷つけるとか,詰問しているように思われるというカウンセラーの声を耳にすることがよくあります。一方,クライエントにすれば,カウンセラーはこちらの話を聞いて頷くだけで,本当に自分が抱えている課題が解決するのだろうかと,あまりにも問われないことへの不安を語ることがあります。今日,私たちが抱える生活課題の解決には,いわゆる「ゆるい会話(トーク)」では追いつかなくなっていることは事実でしょう。(H)