公認心理師法案
「心のケアの冬の時代」の始まり?
法律は制定されたときから古くなり,運用により劣化して行く。いま,我が国では,すでに制定の時点で時代に逆行するのではないかと思われる法律の制定が相次いでいる。
公認心理師法案が,第186回通常国会において衆議院議員提出法律案第43号として提出された。第187回臨時国会において継続審議を行うため,衆議院での閉会中審査が行われている。決まらない国会が長年続いた後,このところ決める国会が目的化されているため,この法律も成立する公算が高い。熟議なき結論は,失われるものが少なくないため,この法案の問題点を指摘しておきたい。
わが国における心理的ケアは,自然科学ではなく,もっぱら人文科学,教育学,社会科学などの分野における関心の高まりの中で,実践的取り組みがはじまったものである。一見病的で逸脱したと思われる人の言動が,家族,学校,職場,地域社会など,社会生活環境と深く関わっていることを考えれば,当然とも言えよう。
心理的ケアは,人々が持つ信頼関係に基づき,協調関係やコミュニケーションを活発にするための社会的ネットワークとして広がって行ったと言える。この点で,心理的ケアは,既存の市場経済や医療経済の外で発展した社会関係資本(social capital)でもある。民間団体が認定する心理職関連の資格が多く存在する理由もこうしたところにある。
この点では,心のケアやメンタルヘルスは,高齢者を対象に広がった在宅ケアや地域ケアと同様,社会学ないし社会福祉の分野の課題である。高齢者介護の領域では,介護保険法の導入にいたるまでは,在宅ケアをめぐるマンパワーの確保や地域力活性化に向けたボランティア活動の時期があった。今日介護は,介護保険として制度化され,介護福祉士などの有資格者を中心に担われている。介護分野の仕事は,医療との連携はあっても,医療とは一線を画し,社会福祉関連の人たちで担われている分野である。(もっとも,介護保険サービスも,今日,ステレオタイプ化が進み,大きな節目を迎えてはいる)
公認心理師法案第42条には,「公認心理師は,その業務を行うに当たっては,その担当する者に対し,保健医療,福祉,教育等が密接な連携
の下で総合的かつ適切に提供されるよう,これらを提供する者その他の関係者等との連携を保たなければならない。」とあり,42条の2には,「公認心理師は,その業務を行うに当たって心理に関する支援を要する者に当該支援に係る主治の医師があるときは,その指示を受けなければならない。」とある。
まず,問題は,法案第42の2である。これでは,心理師が心理的支援を行う場合,心理的支援の可否判断も含めて,医師がその支援内容に介入できることになる。サービス受給者の立場からも,また援助専門職の立場からも,無理があることは明らかだ。ちなみに,「社会福祉士及び介護福祉士法」では,介護福祉士が医師の指示のもとに行う行為を喀痰の吸引等と限定明記している。
さらに,医師が所属する医療機関の外にも,この指示が及ぶとすれば,雇用関係や業務委託契約がない中で,医師の指示で心理師が行った仕事の結果責任を誰が負うというのか。高齢者介護や障害者自立支援のための本来業務に対して,医師の指示や医療職の介入がないのと同様,心理職には,医療の補完機能や医師の指示で行われる医療補助業務を超えた,ヘルスケアやQOLの向上に関わる業務が期待されている。時には,クライエントが受けている医療と対立することもあるはずだ。
近年,社会情勢の変化によるメンタルヘルス関連問題が増えていることは,誰もが認めるところである。こうした課題に,心理職を医療職の一角に据えることで取り組もうとしているのであれば,筋違いである。両者は,次元の異なる話である。心のケアとは,本来,医療とは一線を画す新たな生活者ニーズであり,これに応えるための独自性,主体性が尊重される仕事の分野である。本法案には,こうした理念が欠落している。
医療機関や学校や職場で,心理相談室やカウンセリングルームが開設されているのも,その役割における独自な立場が認められているからに他ならない。メンタルな問題を抱えたクライエントと直接向きあっていた心理職が,今後,医療補助職の系列に置かれ,背景に退いてしまうことになれば,果たしてこれまでと同じポジションを堅持できるかどうか疑問である。
精神疾患による労災認定,児童虐待,自殺や社会的引きこもり,いじめや不登校などの増加を見ても明らかなように,メンタルヘルスは,個人と社会との狭間で起きている現象である。企業,社会,政治責任が問われる課題でもある。
81年から91年までミッテランの大統領補佐官をつとめたフランスの経済学者,ジャック・アタリは,『危機とサバイバル―21世紀を生き抜くため←




→の〈7つの原則〉』(2014年2月 作品社)の中で,「今後10年,人々のイデオロギーの次元での本質的な変化を封じ込めるために,経済・金融・政治的勢力は,結託するであろう。一方,世界市民たちは,経済・金融・政治的勢力に対抗して,さまざまな正当性のある要求を突きつけ,これを封じ込めようとする動きに対して批判を展開する」と述べている。
今日,新しい公共(ボランタリー経済)を創出する動きがある一方で,従来型市場経済(マネタリー経済)の中で国民をコントロールしようとする動きがあることも事実だ。コミュニティワークやNPO活動,そして心のケアやメンタルヘルス活動も,アタリの言う人々のイデオロギー次元での本質的変化とも言えよう。心理職の国家資格化が,こうした次元での対立関係に巻き込まれているとは勘ぐりたくないが,法案のままでは,心理職は医療補助職として,既存の医療経済に取り込まれ,失われてしまうものが余りにも大きい。
公認心理師資格取得のための教育を通しても,医療現場の序列の中で動こうとする人材が育成されていく懸念が大いにある。心理カウンセリングを求めて,医療機関の公認心理師を訪れたところ,インテーク面接と心理テストだけをされて,後は医師の指示待ちといった心理職が,これからの時代を生き残れるであろうか。心理職のもとを訪れるクライエントは,個人的脆弱性や疾病性に特化した心理カウンセリングだけを望んでいるわけではない。
先進諸国では,援助専門家は,必ずしも有資格(licensed)とは限らない。専門性の高い心理的サービスは,サイコロジスト(psychologist)と呼ばれる有資格者だけによって,担われているわけではない。心のケアの複雑化と多義性の中で,特定領域の実践経験やトレーニングを通して認定(credential)を受けた無資格専門家の幅広い活動によって,多様なニーズが支えられているというのが現実だ。資格があることと専門家であることは別である。
共助の意義が言われるようになって久しい。悲嘆カウンセリング,精神疾患ピアカウンセリング,DV支援,自殺者遺族支援,被害者支援などは,元患者や当事者が,自分自身が似たような経験をして,それを乗り越える方法を学んだからこそ,生活者のリアリズムに沿った,より効果的な支援を行なえる。こうした人たちの活動を忘れてはならない。
メンタルヘルスは,医療のマージナル(周辺)領域の活動ではなく,今日,教育,保健医療,福祉,司法,産業,学術,研究,権利擁護,危機管理,災害救助など,普遍性のあるものになりつつある。援助専門家には,いわばユビキタスな能力が期待される。
心理職の国家資格化は,関連諸団体の利害や思惑が絡んで,国民目線での議論が尽くされているとは言えない。公認心理師法の所管庁は,文部科学省と厚生労働省にまたがり,登録も両省にそれぞれ行うようになっている。このことは,早くから議論があった2資格1法案の着地点が,いまだ見出せていないとみることもできるが,心理職の活動が,それだけ学際的(cross-disciplinary)広がりがあるということのあらわれでもある。
同一個体内に異なる遺伝子情報を持つキメラとして誕生する法律とそのもとで仕事をする人たちの活動が国民の間に根づいていくかどうか。法施行における曖昧な部分は,政省令・通知通達で補えると言ったレベルの問題ではなく,議論が不十分であることは明らかだ。法案の成立を急ぐあまり,新法制定時点での矛盾や利害調整を付帯決議や見直し条項で対応するということも,姑息的なやり方だ。
最近,これから生業としての心理関係の仕事を真剣に考えている人たちの間で国家資格の有無が話題になることが少なくない。それだけに拙速な新法成立を避け,広い視野の中で,心理分野における有資格とは何
か,専門職とは何かについて議論重ねていくことが必要であろう。
(マインドファースト通信編集長 花岡正憲)
第113回理事会報告
日 時:2014年8月11(月)19時00分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 ニュースレターの送付に関する事項:新たな広報誌を作る等の意見が出されたが,8月号より,関係機関を絞り込み,毎月,約50か所にニュースレターを送付することが承認された。
第2号議案 相談事業の事務担当に関する事項:相談事業の事務を引き継ぐに先立ち,先ず,メンタルサポートセンターフォークス21設置運営規則に基づいた事務担当のあり方を模索するために,次回理事会にて,メンタルサポートセンターフォークス21設置運営規則の見直しを行うことが承認された。
第3号議案 認定NPO法人の申請に関する事項:香川県の担当課より7月14日,8月6日に書類の不備についての連絡があり,修正提出した。また,誓約書,納税の遅滞のないことの証明書類が揃い次第提出する予定であること,理事会議事録の整備も引き続き行っていくことの報告が事務局よりあった。
第4号議案 ジョイフルとマインドファーストの関係に関する事項:ピアのメンバーでもある会員がジョイフルでの活動を行っているが,それぞれミッションを持った当会とジョイフルが協力連携できるよう,そのあり方を検討するために,理事会においてジョイフルに事業計画等の説明を求めることが承認された。
第5号議案 相談料の減免制度に関する事項:審議未了
第6号議案 2015年度自殺予防関連県連事業の情報収集に関する事項:審議未了
第7号議案 調査研究事業「子どもの喪失体験について」に関すること:審議未了
第8号議案 2014年度ファミリーカウンセラー研修に関する事項:今年度の計画では,スーパービジョンを5回としていたが,スーパービジョンを希望するファミリーカウンセラーが5名を超えたため,ファミリーカウンセラー会議よりスーパービジョンの回数を増やす提案がなされた。次回の理事会の審議事項とすることが承認された。
第9号議案 ファミリーカウンセラーの活動のルール作りに関する事項:花岡理事より,ファミリーカウンセラー資格制度の原案を説明する予定であったが,今回は時間切れのため,次回の審議事項とすることが承認された。
第10号議案 高松市男女共同参画市民フェスティバルに関する事項:審議未了
 編集後記:【ストレスを生む出来事に予期なく遭遇したことが,当人に耐え難い精神的苦痛と負担を強い,うつ状態にした。自殺と事故は相当因果関係がある。】東京電力福島第1原発事故による避難者自殺訴訟で,福島地裁は,8月26日の判決で,事故と自殺の因果関係を明確に認め,東電に賠償を命じました。東電側は,当人の個人的脆弱性を強調し,企業責任を否定してきました。ここにも,政府と結託して原発を推進してきた企業と市民の正当性のある要求との対立の構図が浮かび上がります。今回の判決の中で注目されるのは,ストレスに対する個人的脆弱性を認めながらも,家族や地域住民とのつながりを失ったことは大きな喪失感をもたらすもので,ストレスは非常に強いものであったと述べていることです。これも,ジャック・アタリの言うイデオロギー次元で本質的変化(当月号本文参照)と言えますが,こうした変化を封じ込めるために,企業側は控訴という愚を重ねるのでしょうか。個人的脆弱性とは何かの議論があるにせよ,だからこそ私たちにとって,家族やコミュニティとのつながりが,かけがいのないものになっていると思います。(H)