メンタルヘルスハラスメント
-心病むことを理解されない不都合-
マインドファースト通信編集長 花岡正憲
スティグマとは,古代ギリシャ時代以来,烙印を押された人の否定的,屈辱的,不名誉な「記号」とみなされてきた。記号には,身体的変形,人種,性,宗教,精神疾患のような個人的特性,失業などが上げられる。スティグマは,科学やマスコミなど専門家や権力機構が用いる言語(ラング)の構造が大きく関与していると言われる。いわば,人々の非寛容な言語によってつくられた対象世界である。
精神疾患に対するスティグマは,社会的孤立,失業,アルコール常用や薬物乱用,ホームレス,過度の入院や施設収容など,病気の回復を妨げる主な原因となり, 当人やその家族に対する疎外と差別の悪循環を生み出している。
一方,WHOの報告にもあるように,4人に1人がその生涯において精神を病むと言われる。先述のスティグマが,「精神を病んでいることを知られることによる不利益」であるとすれば,今日,精神疾患が身近なものになりつつある中で,「精神を病んでいることを理解されないための不利益」をこうむる人たちが増えていることも事実だ。これには「メンタルヘルスハラスメント」とも呼べる新たな社会問題としての側面がある。
harasser(ハラスメントの加害者)とharassee(ハラスメントの被害者)との関係では,事業主が,妊娠,出産した女性従業員に降格などの不利な扱いをする「マタニティーハラスメント」と同様,「メンタルヘルスハラスメント」も,職場社会で起こりやすくなっている問題だ。心の病と診断され,病気休暇を取りたいと申し出たところ,上司などから以下のような言葉が返ってくることがあると聞く。
・今後昇給や昇格の上で不利になる。
・休暇をとるのなら職場に挨拶しておいた方が良い。
・業務の引継ぎが必要なので休みに入る時期を数日後にずらせないか。
・薬をのみながら頑張れないか。
・代替従業員の採用の都合があるから診断書の病休期間を切りの良い期間に延長して欲しい。
・世間の目もあるから病気休暇中はあまり外に出ないようにされたい。
・診断書に示されている期限の後はないと思って頑張ってほしい。
・勤務の軽減はできない。完全に良くなってから復帰してもらいたい。
・もとの部署への復帰はあり得ない。
・転職を考えてはどうか。長い目で見るとその方がプラスではないか。
この他,当人の了解なしに主治医に事情を問い合わせるとか,主治医との面談を当人の受診日に合わせて行い,その費用負担を事業主ではなく医療の一環として当人にさせる,といったようなことも見受けられる。
通常,病気や怪我で仕事を休まざるを得なくなったとき,どのような事情で起きたことにしろ,まず関係者に求められるのは,いたわりと健康の回復ための必要な協力であろう。病んだ人に対する上司や人事担当者から最初に出てくる言葉や反応は,企業が働く人をどう見ているかを語ることでもあり,その後の働く人と雇用者との関係を左右しかねない。今日,仕事や職場の人間関係の悩みを抱えている人たちは少なくない。それだけに働く人それぞれが抱えるメンタルヘルス事情への無関心や既に精神を病み傷つきやすくなっている人への思いやりの欠如が,事態の深刻化や健康の回復の長期化といった悪循環をもたらすことも否定できない。
2006年9月,過労で退職して1カ月後に自殺した女性のケースが労災にあたるかどうかが争われた訴訟の判決で,東京地裁は,遺族側の請求に沿って「業務で発病したうつ状態が治らずに自殺した」と述べ,遺族補償年金を不支給とした労働基準監督署の処分を取り消した。労基署側は「退職で症状は治まった」と主張したが,裁判長は「うつ状態は容易に回復しがたく,かなりの期間長引くのが一般的で,発症原因がなくなれば治るという証拠はない」として,業務と自殺の因果関係を認定した。退職後も在職中に起きた健康障害について企業責任を問われることを事業者は肝に銘じておくべきだ。
2008年度の行政労働相談で,東京都労働相談情報センターは,自己申告があった不眠やうつ症状など「心の不調」とそれらとの因果関係を独自に調査した。←




→その結果「退職強要」の相談2,207件のうち,心の不調を訴えていたのが738件(33.4%)あった。厚生労働省のまとめでも,都道府県労働局に寄せられた同年度の労働相談のうち,退職強要を含む「退職勧奨など」は22,433件,「いじめ・いやがらせ」は32,242件で,いずれも過去最高となっている。
6月25日,労働安全衛生法の一部を改正する法律(平成26年法律第82号)が公布された。新たにストレスチェック制度が創設され,医師,保健師などによるストレスチェックの実施が事業者に義務(従業員 50 人未満の事業場については当分の間努力義務)付けられることになった。事業者は,ストレスチェックの結果を労働者に通知し,当人の希望に応じて医師による面接指導を実施し,その結果,医師の意見を聴いた上で,必要な場合には,作業の転換,労働時間の短縮など適切な就業上の措置を講じなければならないとされる。事業者には,従業員それぞれが受けているストレスに対して就業上の配慮義務が生じるということである。一方で,ストレスチェックが個人的脆弱性や資質のチェックに用いられ,排除や人事降格に悪用されるようなことがあっては困る。
障害者雇用や女性の社会参加の促進とは裏腹に,人を組織の歯車として使えるだけ使い,使いにくくなれば交換すればよいという考え方には根深いものがある。貧困や格差の是正よりも,企業や日本国株式会社が生き延びることを国策とする中で,企業のモラルハザードは,従来にもまして起こりやすくなっている。こうしたことが,今後,職場社会において,心を病む人への向き合い方に象徴的に現れるのではないかという懸念は払拭できない。
人が精神的健康を損なう事情は一様ではなく,また,何がハラスメントになるかという関係者の認識が乏しいということも事実であろう。人はどの様な事情で心を病むのか,また,精神疾患の予防や回復にとって何が大切かなど,何よりも職場社会におけるメンタルヘルスリテラシーを高めていくことが,今ほど求められている時代はない。
第116回理事会報告
日 時:2014年10月20(月)19時00分~21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 認定NPO法人の申請に関する事項:①委託契約書(案)に関して,グループ相談業務委託契約書の委託料は他の契約書と同様に別に定める規定によるものとすることが承認された。委託期間については事務局長に確認する。②監事の乃口さんの逝去に伴い,定款第17条並びに第14条の2に基づき,監事の選任を行なうため,臨時総会を開催すること,及びその期日を
11月7日とすることが承認された。また,監事候補については,事務局案をもって総会に臨むことで了承された。
第2号議案 2014年度高松市男女共同参画市民フェスティバルの運営に関する事項:11月30日のワークショップについては,受付や司会等ピアワークス有志で行い,理事長が挨拶を行なうこと,講師料と講師交通費は申請した経費で賄うこと,その他の必要経費に関しては会費収入次第で検討することが承認された。パネル展は昨年と同様の内容で行い,ピアワークスメンバーで担当することが承認された。現時点でワークショップに19名の参加予定であることが報告された。
第3号議案 平成26年度「自殺対策官民連携協働ブロック会議」の出席に関する事項:11月28日(金)13:30~16:30に岡山で開催される上記会議に関して出席する理事を募ったが該当者がなく,次回ファミリーカウンセラー会議でも出席者を募ることで了承された。
第4号議案 相談予約電話の受付時間に関する事項:事務局の電話受付時間に関して,相談と予約受付の違いを明確化するため,現在電話受理を担当している者がケースも担当すること,またマニュアルは現時点で作成し,新規担当者が改訂していくことで了承された。
第5号議案 CSCと個別相談事業の事務担当に関する事項:事務担当の業務や負担を軽減するため,新規クライエントには駐車場案内等で事務担当が必要であるが,継続クライエントには不必要ではないかとの案が提案された。そもそも事務担当は必要かどうかについて,カウンセラーではない人が対応した方が望ましい周辺業務には何があるかという視点から,ファミリーカウンセラー会議にて継続審議を行う。
第6号議案 ファミリーカウンセラーの活動のルールづくりに関する事項:担当理事から「特定非営利活動法人マインドファースト家族精神保健相談員制度規則案」が提出され,継続審議を行うことが了承された。
第7号議案 ジョイフルとマインドファーストの関係に関する事項:居場所づくりのワーキンググループにおいても議論を行っていくことで了承された。
第8号議案 調査研究事業「子どもの喪失体験」に関する事項:審議未了
第9号議案 2015年度自殺予防関連事業の情報収集に関する事項:今後とも情報収集を継続していくが,現時点では,10月17日付で県障害福祉課から照会のあった「平成27年度自殺予防対策事業計画書」に,必要事項を記入し提出することで了承された。

編集後記:この秋は,大きな台風の上陸で,休日に交通機関が乱れることが何度かありました。出かけた先で足止めを食らった乗客に記者がマイクを向けます。「明日,お仕事のご予定は?」「ええ仕事なんです。これじゃあ無理ですね」TVのニュースで見なれた光景です。しかし,いつもちょっと待って欲しいという思いになります。ただでさえ,多くの人が仕事と仕事の隙間を縫うように休日を過ごし,休み中も仕事のことを気にしています。インタビューを受けた側は,周りの人たちは仕事に行けないことを重大なことと見ていると感じて,不安や後ろめたさを覚えることもあるでしょう。仕事を休んでしまった後のことが頭に浮かび,ネガティブな思考へのスイッチを入れられて,気分が滅入る人だっていないとは言えません。インタビュアー自身,仕事第一主義で発想がステレオタイプなのでしょう。マスメディアによるハラスメントとまでは言いませんが,仕事や企業を上位に置く言語の構造は,知らず知らずに人を仕事に追いやってしまうくつろげない文化に一役買っているようです。こうしたときに,「今夜はどう過ごされますか?」といった粋な質問ができないものかと思います。「明日はお仕事ですか?」といった問いかけでは,未来は閉ざされたままですが,開かれた質問は,違った時間が動き出すきっかけになることがあります。(H)