ヘイトスピーチの深層
マインドファースト通信編集長 花岡正憲
ある人のことを好きになれないというのは,自然な感情である。好きになれないこと,嫌いであること自体が,問題とは言えない。そうしたとき,ただ憎悪を表現するのではなく,なぜ相手が好きになれないかを切々と訴え,共感を得るやり方は,認められても良い。人間関係の悩みを語るカウンセリング場面では,普通にあることだ。
大切なことは,好きになれない相手の事情よりも,こちらの事情を語ることであろう。なぜ嫌いなのかを言語化することは,自らへの問いかけにもなる。それで見えてくることもあるはずだ。好きになれないのは,実は相手に対する期待があるが,思うようにならないための苛立ちであることもある。あるいは,心の深いところに過去に負った傷があり,相手がその体験を想起させるもの(リマインダー)であったりすることもあろう。
今日,ヘイトスピーチ(憎悪表現)が大きな社会問題になっている。ヘイトスピーチを規制する動きが世界的に広がっているのは,ヘイトスピーチは,あらゆる手法を用いて他者を貶めようとし,無力感,恐怖感などを被害者に引き起こすからであろうが,反対意見にまともに耳を貸すことはなく,相互理解や説得が及ばないところにあるというのも大きな理由であろう。
ギリシャ神話に登場する青年ナルシサス(Narcissus)は,水鏡に映る自己の姿に性的興奮を覚えた。ナルシサスが水を飲もうと,水面を見ると,中に美しい少年がいた。それはナルシサス自身だった。そして,その美少年に口づけをしようとして落ちて水死する。
ナルシサスが死んだ後には,水仙(narcissus)の花が咲いていたと言う。このような倒錯心理が,ナルシサスに喩え,自己愛(narcissism)と呼ばれるようになった。
犬が骨をくわえて橋を渡っていた。ふと下を見ると,見知らぬ犬が骨をくわえてこちらを見ている。犬は,骨をくわえている犬が悔しくなって吠えた。すると,自分がくわえていた骨が川に落ちて流されてしまった。もう一匹の犬は,水面に写った自分自身の姿だったのである。これは,有名なイソップ寓話である。
ナルシサスは,犬と違い,水鏡に映った姿が自分であることを知っているが,ナルシサスも犬も,自分を他者として見て反応したことでミスを犯している。他者と自己の一部が同一視されるので,自己は,他者に対しても,投影された自己の部分に対してとるのと同じような態度をとることになる。それが,願望充足的である場合もあれば,処罰的・攻撃的なこともある。
心理学的な防衛機制の一つに,「投影性同一視」(projective identification)というのがある。投影性同一視は,よりプリミティブ(未分化)な防衛機制の一つとされている。防衛機制なので,無意識の行為であるが,他者を利用した自己嫌悪や願望充足の追及によって,自己愛的万能感を満たしたいという欲求である。投影性同一視は,ツッパリ,見栄,自己陶酔と深く関わりのあるメカニズムともされている。
ヘイトスピーチには,そういうあなた自身は何なのか,といった不快感がある。嫌悪・攻撃すべきことは,実は自分の中にあるのだが,それと向き合う代わりに,それが他者の中にあるものとして嫌悪・攻撃する。このような形を取ることで,自分の現実を否認し,自己愛的万能感を満たそうとしているに過ぎないという←




→ことが伝わってくるからであろう。
特に,私たちの社会で問題になっているヘイトスピーチは,人種的にも歴史的にも深いつながりがある近隣の国の人々が対象である。身近で親しみを持てるはずの人を映し鏡として,本来は自分の中にある嫌悪すべき部分が,相手の中にあるのではないかと,「死ね」「埋めてやる」と攻撃していると見れば分かりやすい。
歪んだ自己愛は,自我の機能の弱体化や人間関係の障害と強く結びついている。社会的包摂機能を損ない,社会を崩壊の危機に陥れかねない。近隣諸国との関係にも影を落とし,関係を危うくする。
一方,人としての成長は,自己愛をいかに健全なものにして行くかの過程でもあるとされる。事実,自己愛的防衛について探求した研究者には,幼い時期における自己愛的防衛の肯定的側面を強調し,共感能力の最も早期の形態として,健康な精神発達過程の上で重要な意味を持つとする者もいる。
他者は自分を映し出す鏡と言われる。他者に対する自分の態度や反応の中に,自分が抱えている問題を見てしまい,愕然とすることは,日ごろ私たちも経験することだ。ヘイトスピーチという他者への反応と態度を通して,彼らが歪んだ自己愛に気がつき,悩みはじめる。そして,健全な自己愛が育まれていくことを望みたい。

2014年度臨時総会報告
定款第17条(欠員補充 「理事又は監事のうち,その定款の3分の1を超える者が欠けたときには,遅滞なくこれを補充しなければならない」)並びに第14条の2に基づき,下記の通り臨時総会を開催しましてので,ここに報告いたします。
1.開催日時:2014年11月7日(金)午後7時00分~午後7時30分
2.開催場所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
3.議案:役員(監事)の選任
4.議事の経過の概要及び議決の結果
議事に先立ち島津昌代が議長に選任された。議長は,総会成立の要件を報告し(総社員数38名,本人出席9名,委任状表決者20名),本総会の成立を宣言した。議長により,議事録署名人に杉山洋子と花岡正憲が指名され承認された。
三好理事から監事の変更に至った経緯の説明があり,本総会に先立ち理事会の議決において選任された井原惣介氏が監事として満場一致をもって承認された。
第117回理事会報告
日 時:2014年11月10(月)19時00分~21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 2014年度高松市男女共同参画市民フェスティバルの運営に関する事項:講演会当日の役割分担,実施後の報告書作成者の確認を次回のファミリーカウンセラー会議で行うことが承認された。
第2号議案 委託契約書に関する事項:事務局より原案で示された,フォークス21所長業務委託契約書については“事業状況報告”を追加すること,ピアサポートライン業務委託契約書並びに電話受理業務委託契約書は原案どおりとすること,また契約日については,電話受理業務委託契約書は平成26年11月30日,その他契約書に関しては平成26年3月31日とすることが承認された。
第3号議案 活動費に関する事項:事務局より活動費の変更の原案が示され,原案どおり個別相談の金額の変更,電話受理,事務局長及びフォークス21所長の活動費の追加が承認された。
第4号議案 相談予約電話の受け付け時間に関する事項:電話受理に関して,現在ホームページに記載している内容をブロシュールについても同様の記載に訂正することが承認された。また,フォークス21のホームページのトップにも受付時間を表示することが承認された。
第5号議案 CSCと個別相談事業の事務担当に関する事項:「家族メンタルサポーセンターフォークス21設置運営規則」第11条に掲げてられている事務員の業務のうち,電話受理担当業務は(1)相談の受理および相談者,又は相談員との連絡調整,(4) 相談業務に関する事務処理及び出納業務の所長への上申,(5)その他フォークス21の運営に必要な事務を行うこと,従って相談室の案内は電話にて電話の受理が行い,それでも困難な場合は最終的に相談室の電話番号を相談者に伝えることが承認された。相談者の安全管理の問題については当会の問題として今後の課題とすることが承認された。
第6号議案 ファミリーカウンセラーの活動のルールづくりに関する事項:「特定非営利活動法人マインドファースト家族精神保健相談員制度規則案」が示され,第6条の相談員認定試験,第4章「研修施設」などについて継続審議を行うことが了承された。
第7号議案 相談料の減免措置に関する事項:指定相談支援事業者の可能性についてファミリーカウンセラー会議においても議論することが承認された。
第8号議案 居場所つくり関する事項:審議未了
第9号議案 調査研究事業「子どもの喪失体験」に関する事項:審議未了
第10号議案 高松市男女共同参画センター市民企画事業に関する事項:同企画事業の日程調整について次回のファミリーカウンセラー会議で意見を聞き,11月中にNPO法人子どもの虐待防止ネットワークかがわの講師との連絡調整をすることが承認された。
第11号議案 2014年度自殺対策緊急基金事業に関する事項:普及啓発事業としてのインターネットによるメンタルチェック「ストレスチェックとストレスマネジメント(仮題)」の実施についてファミリーカウンセラー会議で検討することが承認された。
編集後記:今年の流行語大賞に,「集団的自衛権」と「ダメよ~,ダメダメ」の二つが選ばれました。両方合わせて,「集団的自衛権 ダメよ~,ダメダメ」。「いいじゃないの~」が選ばれなくて安堵しております。これも,私たちの大衆文化の「知」と言えるのでしょう。出遅れたせいもあったのでしょうか,かの「アイデンティティ」は,流行語としては話題になりませんでした。アイデンティティは,自我が他者と出会うとき,はじめてその輪郭が見えてくるとも言われます。E.H.エリクソンの「個人のライフサイクルからみた心理社会的発達課題」では,アイデンティティは,青年期の課題とされています。スコットランド,カタルニア,そして沖縄,いま世界は新たなアイデンティティの季節を迎えつつあるようです。私たちは,いつまでも幼児期の自己愛ステージにとどまってはいられません。(H)