コロナ時代の変化 ー会えないけど,会えるー

マインドファースト会員 高田 純

東京はどうみえていますか?

こんにちは。私は約1年前までファミリーカウンセラーとして活動していましたが,仕事の都合で東京に引っ越したいち会員です。

最近は「東京たいへんじゃない?」とよく言われます。既にうんざりされているかもしれませんが,テレビ越しに見る「今日の東京は…」の姿もまた本当の姿ですので,皆さんがそう思うのも頷けます。地域の感染状況(緊張度)も違えば,変わったこと,変わった「風」なこと,変わっていないこと,に違いがあるのも当然でしょう。本稿では,2020年7月末時点の私の感じた変化についてご報告できればと考えています。皆さんの,感覚とも近いところはあるでしょうか?それとも「呑気ですね」でしょうか?やはり「東京は大変そう…」でしょうか?

生活の変化

といっても,東京での生活は半年でコロナ禍に突入したので,確かに劇的に変わったのでしょうが,よくわからないところもあります。そもそも自転車通勤できる範囲に家を構えているので,満員電車への影響がわかりません。さらに,現在も週に2~3日しか出勤しないので,週に4~5日は自宅にいることになります。在宅勤務という働き方ができましたので,マイク,カメラなど,デジタル機器が増えました。香川を離れうどんを食べたり,東京での飲みの機会が減り,運動する習慣がついたので,身体も若干軽くなりました。テレビも見ますが,人のくだらないやりとりが聴こえるラジオも好むようになりました。確かに楽しみは減りましたが,今のところ生活の基盤は維持されてい

ることもあり,落ち着いて「新しい生活」とやらを送っていると思います。

町と,町を歩く感覚の変化

テイクアウトできる飲食店が急に増えたことは,消費者目線では歓迎していました。新しい店に入るのは勇気がいるので,露店を構えてくれることで気軽に新規開拓できるようになりました。人は外から内に,店は内から外に出てくることで,新しい接点もあるのかもしれません。

もう一つ。マスクをせず歩いている人が,すぐに見つけられるようになりました。そして「おいおい,ちゃんとマスクしろよ」という考えが自然に浮かぶようになりました。逆に,私自身がマスクを忘れて店に入ると,居心地の悪さ,悪いことをしている感覚がありました。排他的で必ずしも科学的とはいえません。この感覚の変化が私の一番の変化で,見事に「新しい生活様式」を身につけさせられている実感があります。もちろんそれが人の命を守ることに繫がるというスキーマがあるからですが…。

社会の変化

自然災害と異なり,感染は人をつたっていくことが特徴ですので,東京の感染拡大が収まらなければ,地方でも収まることはない,それも確かでしょう。そして,「感染者=(気をつけていない)悪人」というレッテルは,感染者数の少ない地域ほど深刻でしょうから,「東京お断り」そして「身内から感染者が出たら村八分にされる」恐怖も大変だと想像します。すでに東京は1000人の1人の割合を越えだいぶ身近になっていますので,「気を付けても時間の問題」という認識にうつりつつあります。とはいえ,まだ身近なところで感染したとは聞いていないので,上述のような感覚の変化までで,切迫感…とまではいきません。←


→あと,皆さんも「体調を崩せない」というプレッシャーは少なからず感じておられると思います。「体調が悪くても仕事は休むな!」という根性論は,コロナの登場によって(少なくとも東京では)終焉を迎えたといってよいでしょう。

「会えない」と「会える」の変化

この時代ですので,皆さんにも「会いたいけど,会えない」人がいるのではないでしょうか。私事ですがこの自粛期間中に親戚が亡くなりました。葬儀にかけつけられなかったのは残念でした。感染拡大の影響でできなかった医療処置もあったと聞き,その点は「コロナのバカヤロー」でした。ただ,高齢で覚悟はしていましたし,病院ではなく自宅での看取りを決断したこともあり,かなりギリギリの時期までオンライン機能を使って,顔を合わせることができました。「会えないけど,会える」そんな感覚が確かにありました。

4~6月を思い返すと確かに,オンラインでの相談や会議,食事会など機会が増えました。皆さんは使ったことはありますか?メールは「読む」,電話は「話す」ですが,オンラインは弱めの「会う」という感じでしょうか。電話の延長線上にあると捉えている人も多いと思います。ちょうど該当する動詞が無いので表現が難しいのですが,感覚としては30~50%程度の「会えたね」感です。明確なON-OFFがあるので,「余韻」や「無駄」,「無意味」を積極的に創り出すには向いていないと感じますが,それでもありがたいことです。

オンラインの強みはご存知の通り,場所を選ばないことです。「しばらく会えないけど,またね」ではなく,先述の通り「会えないけど,会える」というのが,コロナ時代の発見です。その一方で,オンラインで時々会っていたとしても,直接会うことは素直に嬉しいものです。何より,ほっとします。その時には,「また会えたね」そして「また会おう」という気持ちで別れます。

ちなみに,私も含め「オンラインなんて時期尚早。直接でなくては意味が無い」という当初の抵抗感や違和感も「これはこれで…」とあっけなく受け入れられています。そして,確かに便利なので,非常時だけでなくSNSの普及のように日常生活に組み込まれていくでしょう。

しかし,このオンラインで「会う」は,好むと好まざるとに関わらず獲得せざるを得なかったものですから,そこで失われるものについても,これから吟味が必要となるでしょう。例えば「会いたいけど,会えない」がなくなっていくのも,どこか寂しいですよね。また「会いたくない」の主張の仕方も変わってくるかもしれません。

さて,いち会員の感覚をお伝えしましたが,やはり「東京は大変そう…」に感じましたか?まぁでもそれなりに生活できるものです。それでは皆さん,またの機会に「お会い」しましょう。

第196回理事会報告

日 時:2020年7月13日(月)19時00分~21時00分
場 所:マインドファースト事務局オフィス本町 高松市本町9-3白井ビル403
事務連絡および周知事項,報告事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 ユーザーの「居場所づくり事業」に関すること:7月5日並びに12日のREPOSの参加状況は,それぞれ3名と2名であった。担当者からスタッフの拡充の要望が出された。REPOSへの参加場面を離れて発生する個々のメンバーの問題については,担当者が個別に対応することなく,マインドファーストの個別相談の窓口の活用を選択肢の一つとして提示することで了承された。

第2号議案 令和2年度自殺対策相談窓口担当者研修会に関すること:県および各市町の相談窓口業務に従事する者への研修会に,島津を講師として派遣することで了承された。開催日時は,自殺予防週間内の9/8(火)または9/9(水)の14:00~15:30,遅くとも11月中には実施。テーマは未定。

第3号議案 三木町専門職員研修会に関すること:昨年度同様,保健師,栄養士,地域包括支援センター職員,学童保育職員等の専門職を対象とした研修会である。開催日時は,11/27(金)または11/30(月)の14:00~16:00である。今年度は森本を講師として派遣することで了承された。

第4号議案 役員研修に関すること:認定NPO有効期間更新手続きにおいては,島津理事長の多大な尽力によって,6月19日付で5年間の有効期間更新決定通知を得ることができた。このことを無駄にすることなく,認定NPOを単に認証だけの肩書に留めず,今後の活動のための資産として生かし切るために,認定NPOとNPO会計等に関する役員研修の開催の提案があり了承された。

第5号議案 「おどりば」の新規参加申込者受理票に関すること:標記新規参加者をサポートするために,参加時において,氏名,住所,連絡先を聴取することで了承された。

編集後記:東京で活躍中の会員高田純さんから原稿をいただきました。コロナ禍の中,確かに「東京は大変そう」ですね。「大変そう」なのは,コロナ感染の実態が明らかにならない中で,風評被害がどんどん大きくなっているからでしょうね。その点では地方も「大変そう」です。こうしたときこそ政治の役割が問われるですが,五輪誘致ではアンダーコントロールを売り物にしたトップリーダーは,このところ朝令暮改が目立ち混迷の度が深まっています。後追い行政と言う言葉がありますが,アベノマスクの配布やGo Toキャンペーンは,それ以前の問題,昼行燈行政もいいところです。こんなことにお金を使うのではなく,簡易型PCR検査キットを開発して,国民に血圧計やガイガーカウンター(放射能測定器)を持たせるように全世帯に配布できないのでしょうか。これが無理であれば,せめて,公民館単位ぐらいでPCR検査センターを開設,いつでも,何度でも,気軽に検査を受けられるようにする。そうすれば「大変そう」ではなく,「大変」と「大変でない」が少し見分けやすくなると思うのですが。国民が落ち着きを取り戻すために,知る権利を保障すること。これは政治の大きな役割です。そして,何よりも東京の高田さんとまたお会いする機会をつくるためにも。(H.)