伝説にしてはいけない自殺者減少


ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(柴田裕之 訳 河出書房新社 2016)の第2章「虚構が協力を可能にした」に以下のような内容の記述がある。

多くの動物が口頭言語を持っている。例えば,サバンナモンキーは泣き声で「気をつけろ! ライオンだ!」という警告を発することができる。一方,ホモ・サピエンスの言語は,周りの世界についての情報を共有する手段としてだけでなく,「噂話」のために発達した。

その点で,ホモ・サピエンスは,本来社会的な動物であると言う。「川の近くにライオンがいる」という情報を伝達する能力だけではない。まったく「存在しないものについて語る能力」,つまり虚構能力を持っている。こうした「認知革命」に伴い,伝説や神話が現れたと言う。虚構によって,私たちは大勢で神話を共有できる。虚構は協力を可能にし,帝国や国家は,共通の国民神話に根差していると言う。

「自殺したがっている人に,そのことを尋ねたり,自殺のことを話題にするのは,自殺の危険性を高めることになる」とは,巷間信じられていることである。事実は,そうでない。

自殺を話題にすることは,それがコミュニケーションのきっかけになる。自殺の意図についてストレートに尋ねると,人は不安は隠さなくても良いのだと思い,考えていることや感情を表現しやすくなる。それだけ自殺の危険性が少なくなる。さらに,その深刻さの程度のアセスメントを行う手がかりも得られ,予防にもつながる。

自殺をめぐる神話は少なくない。世間一般の自殺をタブー視する傾向や自殺に対する激しい感情反応からくる場合もあれば,当人,家族及び関係者など利害関係人に対する,自殺予防に関わっている人たちの善意による場合もある。しかし,神話は,事実を歪め,誤解や危険性を招きやすい。

1998年を境に自殺者が急増,2003年には最高値の34,427人になった。WHOやOECDなどの国際世論,マスメディアのセンセーショナルな報道などによって,国は自殺はどうやら減らした方が良さそうな政策課題だと気づき重たい腰を上げる。数値目標を掲げ,自殺対策に申しわけ程度に予算をつける。

自殺者数を減らすことは,国の地方自治体や国民への協力要請にもなる。自殺者数は交通死亡者数よりも多い,人口比でみた自殺者数は都道府県格差が大きい,などと国が旗を振り自殺者減と言うレースのスタートが切られる。自治体では,ゆるキャラなどを繰り出して,街頭キャンペーンが行われる。

自殺は本人の意思だから止めなくてもよい,死ぬことを考える人は止めてもいずれ自殺するだろうとか,身内が自殺しても周りには自殺とは言えないから別の病気だったということにした方が良いなど,自殺を巡る様々な神話の中にいる地域社会の人たちの間にも,自殺は減らした方が良い国民的課題だということが徐々に知れ渡っていく。

しかし,自殺対策において,自殺者数を減らすことと社会の自殺予防因子を高めていく取り組みはイコールではない。両者を同義と見るのは認識の誤謬である。ここに落とし穴がある。自殺者数を減らすのは,死因が自殺と認定される人のカウント数を減らすことだからだ。←


→孤独死,突然死,不審死など原因不明な異常死は少なくない。事件性がない場合は,病死,不慮の事故,自殺などが疑われる。自殺の可能性がある死因認定の現場では,亡くなった人の物語りを巡り,死者の尊厳,親族関係者の体面,企業責任や労災問題,死亡保険金の支給など,複雑な事情が絡み合う。検視や死体検案などは,国の意向の影響を受けやすい。死因の認定過程で,自殺は「数」が少なくなる方向へのバイアスがかかりやすくなる。

2009年のリーマンショック以来,自殺者数は減少傾向にあった。2020年,自殺者数は11年ぶりに増加に転じ,前年比750人増の20,919人となった。新型コロナウイルス感染症の拡大で生活環境の変化や,雇用など先行きへの不安が心理的な負担になっていると言う見方が一般的だ。そもそも自殺は,貧困,格差,差別などの社会悪との関連が深い。コロナ禍は,人々が自殺に追い込まれる不幸にあらためて社会の目を向けさせることになった。

自殺と言う行為は,自殺者数が少なくなって欲しいという国の思いとは直接関係ないところで起きる現象だ。この点で,COVID-19についても同じことがいえる。緊急事態宣言前の「勝負の3週間」も,緊急事態宣言も,そしてその延長も,虚構であることに人々は気づきはじめた。緊急事態宣言解除後も感染拡大は終息に向かわず,リバウンドの傾向にある。わが国のCOVID-19対策は「感染を減らそう」というスローガンに過ぎない。「子どもとお年寄りを交通事故から守ろう」という横断歩道で行われるキャンペーンの域を出ないものだ。

「川の近くにライオンがいる」というホモ・サピエンスの語りは,噂でもあれば事実でもある。事実であっても「ライオンに気をつけろ」と語るだけで,ライオンに襲われる人が減るわけではない。ライオンに襲われないためには,別の言語(知恵)が必要だ。

「私や妻が関係していたということになれば,総理大臣も国会議員もやめる」は,昨年政権を投げ出した首相の発言である。「関係してない」と言う伝説を作り上げるために,官僚による公文書改ざんという虚構が行われた。

国民に事実を伝えると国民の協力が得られない。これはまさに権力者たちの神話だ。国民に事実を伝える言語を持たない権力者のもとでは,噂話だけが広がる。これが事実だ。

自殺対策やCOVID-19対策を「都市伝説」にしてはいけない。

マインドファースト通信 編集長 花岡正憲


第204回理事会報告

日 時:2021年3月8日(月)19時00分~21時00分

場 所:マインドファースト事務局オフィス本町 高松市本町9-3白井ビル403

事務連絡および周知事項,報告事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 会計に関すること:理事長から,会計の中間報告があり,了承された。

第2号議案 リトリートたくまの会計に関すること:担当の柾から,標記会計報告があり,了承された。

第3号議案 ユーザーの「居場所づくり事業」に関すること: 担当の山奥から3月7日の開催状況について報告があり,了承された。

第4号議案 令和2年度テーマ募金に関すること:3月31日までの残り募金期間の募金活動を積極的に行う。3月22日の次回ファミリーカンセラー会議でも働きかけることで承認された。 3月8日,令和2年度テーマ募金報告及び令和3年度テーマ募金研修会の日程についての照会があり,担当の山奥が出席可能な日時で調整を行うことで承認された。

第5号議案 令和2年度地域自殺対策強化事業に関すること:①「おどりば」「ピアサポートプログラム」のブロシュールを2,000部発注した。②「HOPE」PRカードの改訂(時は削除,場所はオフイス本町を追加)をした。③以上に加えて,来年度は2回(9月・2月)発送を予定することで承認された。

第6号議案 2021年度ファミリーカウンセラー養成講座・基礎コースの開催に関すること:下記の日程と会場で実施することで了承された。日時:7月4日,同11日,同25日,8月1日,同8日,同22日(いずれも日曜日13:30~15:30 )。会場:丸亀町レッツカルチャーセンター第2カルチャールーム。講師については,個別にファミリーカウンセラーに働きかけ,次回ファミリーカウンセラー会議までには決めることで承認された。

第7号議案 認定ファミリーカウンセラー認定資格更新に関すること:現在案を作成中であることで承認された。

第8号議案 2021年度総会に関すること:2021年度役員改選に際して吉田理事より退任の意向表明があった。新しいメンバーへの理事就任を働きかけることで了承された。

編集後記:ホモ・サピエンスは嘘がつける生き物です。つまり自分にとって都合が良い噂話をしたがる社会的動物と言えるでしょう。心理テストには虚構性尺度と言うスケールがあり,クライエントが自分の性格などを良く見せようとした場合,それを見抜くための設問を忍び込ませています。こうした設問への回答が多い場合,テスト結果に対する信頼度は低くなるとされています。一方,クライエントの方は,心理テストや心理カウンセラーの言語の虚構を見抜きながら,やっと信頼して相談できる人に出会える場合もあるようです。(H)