シリーズ:愛着障害

第3章 愛着スタイル
 不安定型愛着スタイル ~回避型~

マインドファースト認定ファミリーカウンセラー 上田ひとみ

今回の章では,第1章の事例で登場した花子ちゃんのタイプを検証したいと思います。花子ちゃん(仮名)は,迷子になり不安な気持ちで洋子ちゃん(仮名)と親を待っていたと思われますが,花子ちゃんの反応は安定型の洋子ちゃんとは全く異なり,親と再会しても泣くこともなく,親の迎えを期待する様子もありませんでした。親との分離では,不安を示さず諦めており,親との再会場面でも親に近づき抱きつく様子もありませんでした。親と絶えず距離を取っており,Aタイプ(回避型)に当てはまります。では,どうして花子ちゃんのように回避型の子供が,親を回避する態度をとるのかを検証してみたいと思います。

花子ちゃんの養育者のタイプとしては,重要他者である親が食事や衣服等の世話を怠り放置し子供との関わりを持とうとしていないタイプまたは,親もアタッチメントの問題を抱えており,どのように子供を愛していいのか分からず子供を意識的に遠ざけて,ネグレクトのような育児放棄に至っているタイプが考えられます。また,支配的な親では,子供の行動を強く支配したり規制する傾向にあり,子供は危険から身を守るため親との距離をとり心理的防御反応として回避行動を示します。このような親の関わりでは,アタッチメント形成の中で「自分は受容される存在である」「親は自分が困った時,助けてくれる」といった安心した内容の表像モデルを形成することができないため,子供の安全基地にはなりえないと考えます。

内在化されないアタッチメントでは,子供の心理として

「自分は拒絶されている」「自分は愛されていない」と感じます。愛情をもって抱きしめられた経験も少ないAタイプでは,結果的に重要他者との最低限の接近関係および安全の感覚を得るために,あえてアタッチメントのシグナルを最小限に抑え込むなど回避的な態度を示します。それは,生きていく上で自分を守るために身に着けた回避行動であり,この回避行動はその後の人間関係でも,親密になった他者と同じような行動の再演がみられ,安定した関係性を築きにくくします。そして,1人で生きていくことのできない幼少期では,恵まれない養育環境から子供は逃れることが難しく,そのため回避型の子供は,心を守る防衛機制として抑圧・否認を無意識下で行い,自分の置かれた環境に認知を歪めてまで過剰に適応してしまう傾向にあります。見た目には平然としているように見えますが,ストレス指標である唾液中コルチゾールの増加が,不安定型の中で一番強く現れるという研究報告もあります。子供のころから感情を否認し,養育者に甘え頼るなどのアタッチメントのシグナルも最小限にしていることで,養育者も回避型の子供が,我慢していることに気づきづらく,最終的に子供のストレスサインは体に現れ,心身症を呈することが多いとされています。

不安に満ちた養育環境に過剰適応してしまう回避型は,社会化を進める上で,安定した内在化モデル(IWM)を持たないため,基本的信頼関係を構築することが難しく,生きづらさを抱えることが考えられます。次回,第4章では不安定型愛着スタイル〜アンビヴレント型〜について事例を通して検証します。


(文章中の事例は架空事例であり,登場人物名も仮名を使用しております。尚,架空事例の紹介は愛着理論を分かりやすく検証するためのものです)←


→引用参考文献:①遠藤利彦「入門アタッチメント理論臨床・実践の架け橋」日本評論社,2021,251p②カール・ハインツ・ブリッシュ著.数井みゆき.遠藤利彦.北川恵 監訳「アタッチメント障害とその治療 理論から実践へ」誠信書房,2008.335p ④Melanie Klein「メラニー・クライン著作集1957-1963 5 羨望と感謝」誠信書房,2016,227P


技術援助 講師派遣

2022年度若者層向けの自殺予防・心の健康づくり事業

香川県立丸亀高等学校

マインドファースト理事 花岡正憲

2022 年 6月30 日(木),標記研修事業に,マインドファーストから,花岡を講師として派遣しました。本事業は,香川県障害福祉課が県下の小中高等学校の教員,生徒,保護者を対象に例年行っている出前授業です。今回は,県立丸亀高校教員約80名に「悩んでいる人への関わり方-10代のこころの不調にどう向きあうか-」と題して講義を行いました。

前半は,自殺をしたがっている人への気づきのポイントと接し方の基本について講義を行いました。

後半は,2022年度から高校の保健体育の授業において「精神疾患教育」が約40年ぶりに復活することを踏まえ,生徒や保護者が援助探索行動につながることを狙いとして,以下の点について解説しました。

  • 精神疾患全体では発症年齢のピークが10代半ば以前にあり,心身の不調の早期発見と適切な支援によって回復する可能性が高まることが,実証的研究の蓄積によって明らかになっている。
  • 早期発見,早期治療,と言った古い疾病治療モデルに偏った精神疾患教育では,過剰診断や過剰治療(安易な服薬や入院)など,不適切な介入によって,若者たちに取り返しのつかないダメージを与え,その後の人生を生きづらくさせかねない。
  • 精神疾患が偏見や差別の対象にならないように,メンタルヘルスや心のケアについて,教員や保護者のメンタルヘルスリテラシーを高め,医療任せではなく,学校現場におけるメンタルヘルスの向上につながる取り組みが期待される。
  • メンタルヘルスの向上には,ライフサイクルから見た心理社会的・漸成論的発達理論への理解と,家族,学校,職場,地域社会など,力動的・システム論的視点が求められる。

最後に,子ども・若者が,主体性を意識化し,変化を起こす力を引き出すエンパワーメントの方法として,傾聴(教師や保護者だけでなく,子ども・若者同士が相手の話に耳を傾けること),対話(ダイアローグ),行動アプローチの大切さについて解説しておきました。


第221回理事会報告

日 時:2022年7月11日(月)19時00分~20時30分
場 所:マインドファースト事務局オフィス本町 高松市本町9-3白井ビル403

事務連絡および周知事項,報告事項:省略

議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 会計に関すること(事前配布資料有):島津理事長から,6月期の会計報告について,説明資料を基に報告があり承認された。

第2号議案 「居場所づくり事業」に関すること:①REPOS:7/3,7/10開催した。7/3は参加者2名,7/10は参加者0であった。コンサルテーションの実施に関しては,スタッフ一同リトリートたくまと同様にしたいとの要望があり,日時等に関しては担当者と相談の上決めること,また場所はオフィス本町とすることで了承された。②リトリートたくま:4,5,6月期の会計(事前配布資料有)の報告メールがあり承認された。また助成金(2022年度子どもの笑顔はぐくみプログラム)の申請をすることで了承された。

第3号議案 2022年度香川県地域自殺対策強化事業に関すること:①2022年度ファミリーカウンセラー養成講座・基礎コースの日程に関すること:場所はレッツカルチャールームで,日程は11/6,11/13,11/27,12/4,12/11,12/25とする。11月および12月のファミリーカウンセラー会議に関しては11/27および12/25の講座当日に行うか,あるいはメーリングリストでの報告等情報共有にするか,継続審議とすることで了承された。②ファクトシートに関すること:今年度新規作成の方向で,11万円(部数1万部)を予算計上している。テーマについては「愛着障害」「若者と心の健康」「ヤングケアラー」等が候補にあがっており,継続審議とすることで了承された。

第4号議案 オンライン会議のネットワークの構築に関すること:ハード面のネットワーク環境整備のため,オンライン設置のWiFiルーター及び会議用パソコン(3,4台)の費用の概算をAIYAシステムに依頼し,継続審議とすることで了承された。

第5号議案 講師派遣料金基準額の制定に関すること:平成27年10月5日に発効した「特定非営利活動法人マインドファースト報償費及び委託料支払い規定」の第6条には,当法人が外部に講師の派遣を依頼する際に,30分あたり5,000円という額が定められている。これを根拠にして,外部関係機関から当法人への講師派遣依頼があった場合,同額を提示することで承認された。

編集後記:1964年3月24日,米国駐日大使ライシャワー氏が,19歳の日本人青年に右大腿部を刺され重傷を負いました。いわゆるライシャワー事件です。青年には,精神科治療歴があったことから,この事件は,保健所が精神保健行政の第一線機関となり,強制入院医療の強化と精神病床の増床による隔離収容政策が進むきっかけになりました。日本の精神医療が歪められ,精神障害者が不幸な歴史をたどることになった一件でもありました。要人警護に際して,当局が保健所に対して近隣の精神障害者のリストの提出を求めたり,在宅の精神障害者の入院を家族にすすめたりすることもあったようです。7月8日,奈良市内の近畿日本鉄道大和西大寺駅付近で,元内閣総理大臣の安倍晋三氏が銃殺された事件で,奈良地裁は,容疑者の事件当時の刑事責任能力を調べるために,精神鑑定を実施することを認めました。起訴されれば,当時の精神状態が争点となる可能性もあることから,本格的な精神鑑定の実施が必要と判断したとみられます。犯行時の精神状態に問題があったと判断されると,刑法上の罪が軽減される可能性もあります。その一方で,特定の個人による異常な行動とみなされ,問題が矮小化されかねません。仮に事件当時の容疑者のメンタルヘルスが議論になっても,何が当人のメンタルヘルスを蝕んだか,家族や身近な人との人間関係に加えて,社会的時代的背景との関連を明らかにすることが求められます。本来,精神鑑定とはそうあるべきだと思います。一部の政治家やマスメディアは,安倍元首相の狙撃を民主主義社会にあってはならない暴挙だと声高に叫びます。しかし,民主主義とは,権力者が国民(有権者)に求めるものではないでしょう。国民は,それぞれの思想信条を持ち,それぞれの事情の中で生活を営んでいます。わが国は議会制民主主義を選択しています。「民主主義への暴挙」これは,国の意思決定機関である議会を糺すための言葉です。元首相の死を一人の人間の死として悼むことを超えてまで,異論が多い国葬を行なおうとする政治的意図を想像すると,果たして議会制民主主義が機能しているのかどうか疑問を感じずにはいられません。現職のジョンソン首相を辞任に追い込んだ英国の閣僚や議会の民主主義を考えるとき,安倍氏を守れなかったのは,日本の議会ではないかと言う思いを禁じえません。(H)