論考

「2023年度三木町子どもたちからのSOSへの対応向上研修」のリフレクション及びアンケート結果からの考察

マインドファースト理事 上田ひとみ

今回,教育機関と連携し子どもたちと身近に関わる保護者・教員を対象に心の悩みを抱える子どもたちへの対応方法や知識の普及を図ることを目的とした,三木町PTA連絡協議会研修会の講師を担当させて頂きました。研修内容については,マインドファースト通信No226にて報告済みですが,研修後のアンケート結果の報告を頂いたことより,講師として本研修の振り返りと考察をしたいと思います。

私は1年前に,傾聴・相談力セミナーWG(working group)を立ち上げました。愛着理論・メンタライゼーション理論の輪読会と,「子どもの自立を助けるための対話〜自分が抱えている問題を人の力をかりて解決する力〜」の企画をメンバーで検討しています。この企画の「子どもの自立を助ける対話」は,今回の研修の趣旨である「子どもたちからのSOSへの対応向上」と同じ意味合いを持っています。少し,根拠となるメンタライゼーションの概念を説明させていただきます。

メンタライゼーション(mentalization)とは,臨床心理学者で児童・成人の精神分析家でもあるピーター・フォナギー(Peter Fonagy,1991)が提唱した概念です。フォナギーの言うメンタライゼーションは,一言で言えば,「holding mind in mind」と表現できます。日本語に訳すと,「心の中に心を保持すること」,つまり「心で心を思うこと」と言うことです。こうした心の働きは,どのようにしてその発達過程をたどるのでしょうか?赤ん坊が泣くと,母親は,赤ん坊は何が不快なのかと考えます。

「おなかがすいたのかな?」「おむつが濡れて気持ち悪いのかな?」と母親は赤ん坊の心の世界の事情を想像することができます。これが母親のメンタライゼーション能力です。母親は自分のメンタライゼーション能力を使うことで,言葉にならない乳児の感情体験を言葉に翻訳して乳児へと映し返すのです。このように,相手の心を思おうとする努力を重ねる中で,人は「心で心を思う」ことができるようになって行きます。メンタライゼーションとは,自分を含めた人の行為という外形的な事象の心理状態に思いを馳せ,心という視覚化できない内的な体験と関連づけて考え,理解しようとすることをいいます。この内的な観点を持つうえで,重要となるのがnot-knowing stance(無知の姿勢)であると言われています。どんなに近い関係の人であっても他者の心は容易には分からないものです。分からないから分かろうとする努力が,メンタライゼーションの基本姿勢です。

ここまでの説明をすると,子どもたちからのSOSへの対応は,親(保護者・教員)の子どもへの映し返し(ミラーリング)が,子どもの感情体験を対話を通して親(保護者・教員)の言葉で翻訳している作業となります。親の心で子どもの心を想い,子どもの心の事情に思いを馳せることに繋がります。その体験を通して,子どもは自分が抱えている問題を人の力をかりて解決する力を身に着けていきます。良いメンタライゼーションとは,安心できる場所・関係性(安全基地)で,自分の気持ち(心の事情)を正しく受け止めてもらえることであり,他者との基本的信頼関係の構築や愛着関係の修復にも繋がると言えるでしょう。このようなことが,この研修を振り返り,悩みを抱える子どもたちへの対応とそのSOSを受け止める対応向上にも意味のあることだと改めて考えさせられました。アンケート結果からも,ロールプレイングによる実践的学びと,←


→子どものSOSを正しくキャッチするには,子どもの話をゆっくり聴くことであったり,子どもの話をより具体的に聴くことで,他者の心に思いを馳せながらイメージを持って聴くことができたのではないでしょうか。そして,「まずは,聴く側のゆとりが大事」と気づけていた方もいらっしゃいました。メンタライジングするにあたり,心の余裕は大切です。忙しくイライラした心理状態では,覚醒度が高まり正しくメンタライズすることを困難にします。そして相手の心を傷つけてしまい,心の外傷体験となります。そうなるとSOSをキャッチするに至りませんね。ロールプレイの中で繰り広げられた相談者とカウンセラーの対話こそ「holding mind in mind 心で心を思う」ことになります。

心の苦痛を和らげることとは,カウンセラーが行う共鳴(心理的波長合わせて),内省,ミラーリングという応答の繰り返しです。カウンセリングで「心が楽になった」という言葉は,情動調整が上手く行われたということになります。アンケート結果から研修の満足度が高かったことは,研修システムの中で行われた情動調整が功を奏したと言えるでしょう。

1時間の研修時間では,説明しきれなかった内容もございますが,講師として貴重な経験をさせて頂き,感謝しております。これからも理論に基づいた研修を企画できるよう精進して参りたいと思っております。

第245回理事会報告

日 時:2024年5月13日(月)19時00分~21時25分

場 所:高松市本町9-3白井ビル403 オフィス本町

事務連絡および周知事項,報告事項:省略

議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 会計に関すること (説明資料有):4月期の会計報告について,島津理事長より説明があり承認された。

第2号議案 リトリートたくまに関すること:①リトリートたくまの使用物件について,上田ひとみを特別代理人として,賃貸人柾美幸との貸借契約作業を進めることで了承された。②現在ボランティアとして従事している人材をスタッフとして委嘱することで了承された。

第3号議案 調査研究事業に関すること:①居場所づくり企画運営委員会に関すること:今後の居場所づくり企画運営委員会議については,2024年度事業計画で検討することで了承された。②傾聴相談力セミナーワーキンググループに関すること:4月28日に2024年度第1回(通算第6回)が開催され,第2回(通算第7回)は,5月26日開催される予定。今後は,概ね月1回開催することで了承された。

第4号議案 2024年度定例総会に関すること (説明資料有:6月9日15時から開催される2024年度定例総会について,議案書の作成,事業報告案財務諸表,決算報告,事業計画案,収支予算案について島津理事長から説明があった。①今年度の世界メンタルヘルスデイの街頭キャンペーンは,通勤・通学時間帯とシンボルタワーのライトアップ時間(18時から22時)に合わせ,10月10(木)17:30から高松駅頭において行う。②心の健康オープンセミナーは,3回を予定,具体的には理事会で審議する。③ファクトシートの有効活用については,郵送と関係機関訪問などを含めて継続審議とする。④居場所づくり企画検討委員会の開催については,人選を理事会で行う。⑤傾聴相談力ワーキンググループは,6名体制で継続,新版傾聴相談力セミナーリーフレットは,香川県共同募金会助成事業として,約5万円を見込む。以上が承認された。総会当日の役割(司会,議長,書記,議事録署名人)については,

基本的には,総会当日に選任することで了承された。

第5号議案 テーマ募金に関すること:①2024年度事業に関すること:最終募金額1,175,450円に合わせ,2024年度の事業計画の変更を行う。②5月31日締め切りの2024年度(2025年度事業)テーマ募金は,2023年度に準じて,募金目標額を100万円とする。以上が了承された。

第6号議案 ファミリーカウンセラー養成講座に関すること(説明資料有):①講師・アシスタント講師に関すること:以下の開催日9/22,9/29,10/6,10/13,10/20,10/27のうち,第1回目は島津,第2回目は青木,第3回目,第4回目及び第5回目は上田,第6回目は花岡が,それぞれ担当する。また,最終回の第6回は,島津が法人事業と認定カウンセラー制度について説明を行う。アシスタント講師は,現時点で希望が出ている毛利と大平に依頼する。②講師会に関すること:講師会を6月後半から8月末にかけて,4から5回開催する。以上が了承された。

第7号議案 マインドファースト事業についてのアンケート検討会に関すること:第2回検討会を5月22日(水)19時から行うことで了承された。


編集後記:「つまずきの石」(シュトルパーシュタイン,独:Stolperstein)は,歩道に埋め込まれた10センチメートル角のコンクリートの立方体のブロックの表面に,ナチスによる迫害者・犠牲者の氏名などを刻んだ真鍮板を貼り付けたモニュメントです。1933年にナチ党が政権を獲得して以降,ドイツではユダヤ人に対して様々な迫害が行われました。第二次世界大戦勃発後から1945年まで,ドイツ国内をはじめヨーロッパ全土の占領地のユダヤ人を拘束し,強制収容所に送りました。ホロコーストは,ナチス・ドイツ政権と同盟国およびその協力者によるヨーロッパのユダヤ人約600万人に対する国ぐるみの組織的な迫害および虐殺のことです。「つまずきの石」は,2023年5月時点で,ヨーロッパを中心に世界で2,000以上の地域に100,000個が敷設された記念碑となっています。ほとんどのプレートが,ドイツ語の"HIER WOHNTE"(かつてここに住んでいた)という言葉で始まり,氏名,生まれ年,追放・拉致された年月日,その後の足跡が刻まれています。多くが,アウシュヴィッツなどの強制収容所で殺害されており,解放されたり逃げたりした人は,極めて少ないことが分かります。「つまずきの石」と称されますが,歩いていて実際つまずくことはなく,迫害を受けた人が最後にいたとされる住居ないし職場の前に,路面と同じ高さに埋め込まれています。歩行者が立ち止まって碑文に注意を惹くことを目的として設置されたものです。プレートは,ホロコーストの犠牲になった人はいずれも,「名前があり」「ここにいた」ことを強調しています。ホロコーストの根底には,同じ人間の中に優れた者と劣った者が存在するとみなした上で,優れた者の増産と劣った者の淘汰を目指す「優生思想」の考え方があります。ナチス・ドイツの優生思想は日本にも強く影響を与え,1940年第75回帝国議会に政府提出法案である「国民優生法」(昭和15年法律第107号)が可決成立しました。それを引継いで,戦後「不良な子孫の出生防止」などを目的に議員立法として1948年に成立したのが「優生保護法」です。遺伝性疾患や障害などがある人に本人の同意なく強制避妊手術の実施を認めました。1996年,強制不妊手術の条項は削除され,母体保護法に改められましたが,旧優生保護法下の強制不妊手術は,戦後の民族復興や高度経済成長を支えるために優生政策の一環として,行政,教育福祉,医療が一体となって推し進められてきたいわば民族浄化政策です。旧法下の手術は,25,000件で,うち同意のない手術は約16,500件に上ります。2019年,被害者への一次給付金として一律320万円が支給されましたが,わずか1,102人だけで,旧優生保護法下で不妊手術を強制されたのは憲法違反だとして,障害者たちが国に損害賠償を求めた上告審が争われています。幸福追求権の侵害に加え,不法行為から20年を過ぎると賠償請求権が消滅する「除斥期間」の考え方の適応も争点の一つになっています。「障害者権利条約」のスローガン「私たち抜きに私たちのことを決めるな(Nothing About Us Without Us)」は,まさに優生思想に対峙するものですが,旧優生保護法下の強制不妊手術は,障害者対策の変遷の過程だけで起きたわけではなく,戦後処理の問題と深くかかわっています。奇しくも日本で優生保護法が成立した同じ年の1948年12月9日,ホロコーストのような悲惨なことを二度と繰り返さないため,ジェノサイド禁止条約が結ばれました。2022年の時点で条約を批准している国は,全世界の国の4分の3にあたる152か国に及びます。日本は,国内法が整備されていないことを理由に,いまだジェノサイド条約を批准していません。ドイツは,ホロコーストの反省から,移民政策に積極的で,今日,人口約8400万のうち,27%が移民です。日本は,2023年6月末の在留外国人は,わずか322万3.858人です。優生思想の反省への向き合い方の違いは,こうしたところにもあらわれているように思います。(H.)