シリーズ:愛着障害

第5章 愛着スタイル
 不安定型愛着スタイル〜無秩序型〜

マインドファースト理事・認定ファミリーカウンセラー 上田ひとみ

不安定型愛着スタイルDタイプ(無秩序型)の"突然のすくみ,顔を背けて親に接近するなどの不可解な行動パターンと本来は両立しない行動が同時に活性化される態度を示す"の生物学的見解は次のとおりです。養育者が子どもに対して暴言,暴力やネグレクトなどの虐待をする時,子供はそこから逃げる選択をする逃走反応と安全を求めて養育者に近づこうとするアタッチメント行動システムが同時に起こることから,養育者から「逃げる」と同時に養育者へ「近づく」という正反対の反応的行動欲求の間で,生物学的な混乱に陥ると考えられています。この混乱は,乳幼児にとっては生存の危機であり根源的な恐怖と感じられることでしょう。このような経験の繰り返しは,幼少期の関係性トラウマと理解されるもので,子どもの脳内のストレス対処システムの発達に負の影響を与えると考えられています。

では,本章でも養育者の行動も含め映画のシーンを取り入れながら無秩序型を検証してみたいと思います。「愛を乞う人」(平山秀幸監督 東宝1998)という映画がありますが,児童虐待がリアルに描かれています。映画のワンシーンの中で,幼少期の照恵は,母親の豊子からの酷い虐待に遭います。幼少期の照江の描写で特徴的なのが,"怒られている時の微笑"です。もちろん叩かれて蹴られている時は,怖さのあまり泣き叫びその経験から怒られる前に自分の体をかばう行動や危害を加えられるのではないかと予測した行動に出ています。また,Dタイプの両立しない行動として,映画のシーンで何度も見られる照恵の「怒られている時の微笑」行動は,虐待の残酷さから過度なストレスを否認するために笑顔を作る一種の防衛機制であり,両立しない行動が同時に活性化される態度を示すにも当てはまり,アタッチメント行動としての「微笑」とも考えられます。照恵の行動や反応は,まさしくDタイプの無秩序型に当てはまります。Dタイプの養育者の行動は,日頃から子供を虐待するなど危険な兆候が多く認められ,養育者の精神状態が極度に不安定であり,抑うつ的であるとされています。映画の中の養育者である母親豊子もまた,未解決なトラウマを抱えており,精神状態の崩壊から自己中心的

で敵対的・攻撃的な行動を子供に向けています。Dタイプの被虐待児は,その多くが心に強いショックを受け心の外傷体験を経験します。被虐待児の実に8,9割がこのタイプに占められるという研究報告もあります。

またDタイプの特徴として,3歳頃から徐々に子供の認知機能の高まりと共に,別種の行動パターンである,統制型(controlling)へと変化し始めることが知られています。子供は,心の恒常性や家庭環境を保つため,養育者との役割の逆転を図り,自身が環境を統制する(controlling)側に回ろうとし始めるのです。具体的には,養育者を過度に気遣い世話をしようとする(世話型)と養育者をひどく懲罰的・高圧的にふるまう(懲罰型)の2種類があり,子供は養育者の主導権を自ら掌握しようと試み始めるのです。この統制型への変化は,親が親の役割を果たさないことから,子供達が生きるために関係性の改善を試みる行動パターンと考えられます。Dタイプの子供のように,守られた環境で子供らしく生きられない代償は,その後の心の発達に計り知れない影響を及ぼし,発達課題の喪失や発達上のトラウマ体験に繋がることを理解する必要があります。

幼少期に受けた虐待,過度な支配や自主性の制限,愛着関係の剥奪など,外傷的な養育体験は,子どもが「自分は望まれてこの世に生まれたのではなかった」というメッセージを受け取る可能性があり,養育者とアタッチメント関係を構築する重要な時期に,形成されるはずの基本的信頼関係は失われ,結果として子どもと養育者との関係性の中で,深いトラウマ体験を経験してしまいます。また,明らかな虐待・ネグレクト・愛着関係の剥奪等以外にも,養育者との関係性の中で情緒的なシンクロナイズ(調律された応答性)や良いメンタライジングが行われないと,トラウマと呼ぶことはできないまでも,将来トラウマを受けやすい不安定型愛着スタイルを形成する可能性があります。それは,複雑性PTSDや発達トラウマとの関係が深く,別の章で詳しく説明させていただきたいと思います。

次回は,アタッチメント(愛着)障害からの回復について考察をしたいと思います。(文章中の映画からの描写は,愛着理論を分かりやすく検証するためのものです。)

引用参考文献:①遠藤利彦「入門アタッチメント理論臨床・実践の架け橋」日本評論社,2021,251p ②庄司順一・奥山眞紀子・久保田まり「アタッチメント子ども虐待・トラウマ・対象喪失・社会的養護をめぐって」明石書店,2008,225p ③数井みゆき・遠藤利彦「アタッチ←


→メント生涯にわたる絆」ミネルヴァ書房,2005,275p ④岡田尊司「死に至る病」光文社新書,2019,230p ⑤中尾達馬・加藤和生「成人愛着スタイル尺度(ECR)の日本語版作成の試み」The Japanese Journal of Psychology 2004, Vol. 15, No. 2, 154-159

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入院者訪問支援事業から見えてくるもの
-方向感を失った日本の精神保健行政-

これまで,わが国の人口当たり精神科病床数が諸外国と比較して非常に多いという点が繰り返し指摘されてきた。OECD加盟国36か国における精神病床数のうち,約4割を日本が占めている。また,入院患者の平均在院日数は,OECD加盟国の平均が1カ月程度であるのに対し,日本は9カ月にも及ぶ。2022年6月30日時点で精神科病院に1年以上入院している患者は16万人,20年以上入院している患者は1万9千人にのぼる(2019,2020年統計)。こうした中で,精神障害者の地域生活を支える基盤整備の一層の充実が必要であるとの考えから,国は,2004年からの10年間で精神科病床7万床の削減を目標に掲げたが,1万8千床の削減に留まっているのが現状である。日本の精神保健システムには,患者を入院させ続け,病床を埋めるという精神科病院の収益モデルが,社会的入院を発生させ,平均在院日数の長期化を招くという構造的欠陥がある。

香川県は,精神保健福祉法の改正に伴い令和6年度入院訪問事業として訪問支援員養成研修の開催に向けて,関係機関への周知を行った。入院者訪問支援事業は,同法35条の2に規定されており,精神科病院に入院している者のうち厚生労働省令で定める者に対し,入院者訪問支援員(都道府県知事が厚生労働省令で定めるところにより行う研修を修了した者のうちから都道府県知事が選任した者)が,入院者の求めに応じ,訪問により,当人の話を誠実かつ熱心に聞くほか,入院中の生活に関する相談や必要な情報の提供その他の厚生労働省令で定める支援を行うというものである。

対象は,精神障害者の家族等がない場合や家族が入院の同意・不同意の意思表示を行わない場合,本人の同意なしに,都道府県が居住地の市町村長の同意によって入院させた者,その他の外部との交流を促進するための支援を必要とする者としている。

研修受講対象者は,「入院中の精神障害者に寄り添い,傾聴を行うことを希望する者」で,精神科・心療内科を標榜する医療機関での勤務経験を持つ看護師,精神保健福祉士,相談支援専門員,公認心理師又は臨床心理士,精神障害者ピアサポーターが該当するとしている。都道府県と市町村が行政権を行使して入院させた者に対して,当人の要請があれば,知事が選任した入院者訪問支援員を病院へ派遣し,「誠実かつ熱心に話を聞く」と言う事業である。支援員に,退院支援のための調整権やアドヴォカシー(権利擁護)活動は認められていない。条文の「誠実かつ熱心に話を聞く」とは,いかにもとってつけた表現で,こうしたが抽象的,情緒的文言が,内閣法制局の審査の対象になったか否かは明らかでないが,肝心の本事業が誰のためものかが明確でない。行政処分によって不利益を被った者に対して,一般市民を担ぎ出して行われるリップサービス事業は,地域精神保健支援体制の構築について,国と地方自治体がいまだ役割を果たせていないことへの免責のための人道支援事業だと言うことが透けて見えてくる。

看護職員による虐待や身体拘束など,精神科病院における人権侵害事案が少なくない中で,外部から支援員が入ることが,精神科病院を地域に開かれたものにするために,無駄とは言えないという見方もできよう。しかし,「入院中の精神障害者に寄り添い,傾聴を行う」ために派遣される人材は,精神科病院において本来起きてはならないことを未然に防止することを意図したものではない。医療と精神保健行政によって操作され,パワーレスネス(運命に対するコントロール欠如)な状態になった人に対して,情報提供や学習や相談を通してパワーレスネスの根本原因に目を向けさせ,それに挑戦させる力を引き出させることを目的とすべきであろう。主体性の回復のための支援は,単なる傾聴ではなく,対話(ダイアローグ)を通して行動の変容につなげていくアプローチであるべきである。

1980年代のイタリアの精神医療改革では,話だけを聞く心理カウンセラーの出番はなかった。困難があっても,入院者の具体的ニーズを一つ一つ実現する取り組みが精神科病院の閉鎖につながっている。例えば,町で住みたいという人に対しては,公的責任において,アパート探しのための外出からはじめ,訪問看護によるアウトリーチを行うための地域の拠点を整備していった。

県の訪問支援員養成研修では,入院者訪問支援事業の意義を語るために,一民間精神科病院の院長が講師に招かれている。「入院者の話を誠実かつ熱心に聞く」第一義的責任は医療従事者が負っているところへ立ち返って,その意義は,部外者ではなく,まず病院スタッフに向かって語る

べきであろう。形式的で皮相なリップサービス事業を地域精神保健体制の公的責任回避と入院精神科医療の質の隠れ蓑のアイロニーとして済ませるわけにいかない。

入院から地域への流れを本格的に進めるためには,精神科病床削減を前提とした医療,生活支援,就労支援を一体化させた制度設計が必須である。既得権益との対立を避け,やってる感を出すための事業は,問題の本質を見えにくくして,政策形成の方向を歪めかねない。

(マインドファースト通信編集長 花岡正憲)

第248回理事会報告

日 時:2024年8月5日(月)19時00分~21時45分
場 所:マインドファースト事務局オフィス本町 高松市本町9-3白井ビル403

事務連絡および周知事項,報告事項:省略

議事の経過の概要及び議決の結果

第1号議案 会計に関すること(説明資料有):7月期の会計報告について,島津理事長より説明があり承認された。

第2号議案 2024年度ファミリーカウンセラー養成講座に関すること:上田理事から,進捗状況の報告があった。現在3名の申し込みがある。6月28日,7月16日,講師会2回目を開催。次回は,8月26日に開催することで了承された。受講料振り込み締切日を8月31日に,受講料返金期限を9月15日にそれぞれ変更し,入金状況は,島津理事長が随時確認することで了承された。

第3号議案 世界メンタルヘルスデーに関すること:10月10日のキャンペーンに向けて,改訂版チラシを2,000枚発注すること,理事長が呼かけて,8月25日(日)10:00~12:00,予備日として,9月1日(日)13:00~15:00,オフィスにて,両面サテン地のリボンで,シルバーリボンを作成することで了承された。今般,議論のあったクリアファイル作成は見合わせることで了承された。

第4号議案 調査研究事業に関すること(添付資料参照):①新規の居場所開設に関すること:特定非営利活動法人マインドファースト居場所づくり企画運営会議実施要領の全文読み合わせが行われた。居場所REPOSが休止に到った経緯や人的時間的制約がある中で既存の居場所の今後の充実の必要性などを踏まえ,現時点で,新規に居場所の開設する必然性は低いとの判断から,新規居場所の開設プロジェクトのための企画運営委員会の立ち上げは見合わすことで了承された。②傾聴相談力セミナーに関すること:7月28日のワーキンググループ(WG)において,8,9,10月期は,WGは休会とし,11月に再開,その時点でリーフレットの作成の議論を行うことで了承された。

第5号議案 リトリートたくまに関すること:7月17日と7月31日,2回にわたり,花岡理事がスーパーバイザーとしての委嘱を受け実施した現地ライブスーパービジョンの報告書を踏まえ,議論が行われた。責任者不在の状態が続いており管理責任体制が曖昧であること,利用者に対する支援がパターナリズムに陥っていて,個人と集団のエンパワーメントが大きな課題になっていること,利用者個々の生活者ニードを実現するために一定の科学的根拠に基づくスタッフの支援能力の向上のための学習が必要であることが確認され,支援の前提となる個々人と集団とのダイナミズムに関する情報が乏しいため当座の管理責任者を定め日々の観察記録を取ることで了承された。また,運営助成金の労金申請については,交付・執行段階における支出抑制を基本とした収支の透明性を高めることで了承された。

第6号議案 心の健康オープンセミナーに関すること:青木理事から進捗状況について報告があった。現在,講師として候補に挙がっている3名(青木,花岡,松田)で講師会を持つことで了承された。

第7号議案 オフィス本町の整理に関すること:キャビネット購入の要望が出ている。審議未了。

第8号議案 理事会に関すること:①開催日時の変更について:現行の日時は,参加しにくい理事もいるが,今後流動的要素もあるため,現状では変更しないことで了承された。②9月9日の定例理事会について:理事長都合により9月2日に変更することで了承された。③メーリングリストやメールによる理事会について:個別案件について,メーリングリストやメールによる理事会の審議の提案があるが,定款と理事会開催の趣旨と言う原点に立ち返ることで了承された。

編集後記:SDGsで掲げられる17つの目標には,地球環境,社会,経済など地球上のあらゆる課題がまとめられています。目標3「すべての人に健康と福祉を」に,「2020年の国内の自殺者数は,21,081人と11年ぶりの増加となった。新型コロナウイルスによる失業率の増加や生活の変化が影響したとみられる。若年層の自殺者数増にも歯止めがかからない。20代は前年比404人増の2521人,10代も777人と微増した。若い世代の死因のトップが自殺という異常な事態が続くのは,先進国のなかでも日本だけだ」との記述があります。今日,若者の精神的健康問題については,早期発見・早期介入による入院患者抑制の取り組みが,回復も早く,軽症で済むという知見に基づき,地域支援型に移行しているのが世界の趨勢です。子どもや若者に希望が持てない国のあり方は,地域支援型へ移行できない日本の精神保健医療福祉のあり方と重なる問題とも言えそうです。(H.)