マインドファースト通信50号記念に寄せて
NPO法人 マインドファースト理事長 島津昌代
「マインドファースト通信」が発行されて,50号というひとつのキリ番(節目)を迎えました。毎月の発行ですから,時の流れにすれば4年と2か月ということになります。この時間を子どもの成長におきかえてみれば,生まれたばかりの赤ん坊は幼稚園児になっており,男児であれば七五三の袴着の祝いを迎える年です。坦々とした日々の営みの中で来し方をふりかえったとき,50号という積み重ねにはやはり重みを感じます。
マインドファーストは,最初,有志による精神保健福祉関連の月1回の定例学習会として誕生し,今では利用者本位の心の健康の推進と心のケアシステムの充実に向けて活動するNPO法人に成長しました。しかし,組織としてはまだまだ発展途上であり,志を社会の中で具現化していくという点においては,社会に参入したばかりと言えるかもしれません。たとえば,幼児の方が大人よりも感情や気持ちが豊かであっても,それをうまく表出しコントロールしていくために日々試行錯誤しているように,私たちも活動を模索しているわけです。
さて,心の健康の重要性は20世紀末からずいぶん叫ばれるようになってきました。もちろん,それ以前から心の問題はあったわけですが,ストレス社会ということが言われるようになって,一気にオモテの問題になってきたように思います。個人の心と社会の関係や自分と他者の関係にまつわる問題は昔からありました。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」これは,ご存じ夏目漱石の『草枕』の冒頭の一節です。きっと誰しも経験のあることでしょう。
心の健康問題を考えたとき,心の問題は誰でもその人なりに経験があるからこそ,その取り上げ方が人によって違い,逆に取り扱い方が難しくなるように思います。同じ体験をしても感じ方は人によって違いますし,同じストレスであっても受け止められる量が同じではないのですから。この,第三者的にみればわかりきった自明のことが,心病んだり弱ったりした時には意外と生かされていないかもしれません。ほら,“それくらいのこと,気にするな”って言ったり言われたりしませんか?相手との心の距離が近いほど(つまり親しい間柄ほど),双方の感情はぶつかり合いやすく,心配しているのに逆にストレスを与えてしまう…そんな悪循環に陥った人間関係によく出会ってきました。でも,そこから新たな発見を得て,悪循環を抜け出していく過程にも立ち会いました。
心が何らかの問題をかかえ,弱ったり,傷ついたり,困難にさらされたとき,その心が反応するのは自然なことです。一見,不健康な状態と思われがちな不安や抑うつも,心がピンチに陥っ
ていることを示す健康な反応なのです。大切なことは,そのピンチのサインが受け止められること。サインを受け止めてくれる人がいたということは,困難に陥った人が一人ぼっちではないということを意味します。そして,その状態をなんとか持ちこたえ,立て直すための試みがスタートするのだと思います。
今年は,46年ぶりに日本で皆既日食が見られました。太陽と月と地球が織りなす不思議な天体ショーは,古来,いろんなイメージを喚起して世界中の神話でとりあげられていますが,基本は「関係」の物語と言えましょう。「兎角に住みにくい」人の世で,人と人との関係だったり,個人のなかでの意識と無意識の関係だったり,理性と感情の関係だったり,破壊と再生の関係だったり,ありとあらゆる「関係」の問題が心の健康には影響を及ぼしています。マインドファーストが基本理念として掲げる「利用者本位の心の健康の推進と心のケアシステムの充実」のためにも,私たちは豊かな「関係」を紡ぎながら,地道に活動を続けていきたいと思います。
時のキーワード: ステークホールダー
ステークホールダー(stakeholder)とは,「利害関係者」のことで,特定の社会的課題の解決に際し,それに関わる様々な利害を担う立場の関係者のことを言います。企業,団体,NPO,投資家,ユーザー(消費者),地域社会,国民,行政など多岐にわたり,事業活動を行うさいに,こうした関係者への配慮と関係者間の利害調整を行なうことが,社会的信頼や本来の利益を得ることになると言われます。今日では,特に,環境,エネルギー,食糧問題などにおいて,こうした視点抜きにしては解決が難しくなりつつあります。わが国では,メンタルヘルスの領域において,まだこの概念が注目されるにいたっておりませんが,近年,世界各国において精神的健康問題が大きな社会経済的負担となって行く中で,国際社会における政策立案などをテーマーにした議論の場では,このステークホールダーという概念が重要視されるようになっております。精神的健康問題は,医者と患者,心理カウンセラーとクライエントといった従来型需給関係の中では解決を図れない,社会経済的に複合した問題であるとの認識が広がりつつあるからでしょう。
ステークホールダーに似た言葉として,シェアホールダー(shareholder)というのがありますが,こちらは株主とか資金援助者という意味です。(M.H)
 編集後記:先日,香川県主催のNPOマネジメント講座がありました。その中で,信頼されるNPOの条件の一つとして,「新しい仕組みや新しい価値を生み出すメッセージを提示できていること」という講師の話が印象に残りました。新しい仕組みや新しい価値を生み出すメッセージを提示できるかどうかは,信頼される国の姿としても,いま求められているように思います。(H)