「うつ」の時代のメンタルヘルス
マインドファースト理事 花岡正憲
WHO報告(2000年):うつ病の有病率は男1.9%,女3.2% で中高年に多い。12か月以上のうつ病期間を経験したものは男5.8%,女9.5%。障害調整生命年(DALY)(注1参照)の4.4%を占め,世界的には狭心症に次ぐ障害調整生命年の損失。罹病期間は,通常数か月から数年,適切な治療が行われないと20%は寛解せず慢性化にいたる(Thornicroft & Sartorius 1993)。再発率は2年以内で30%,12年以内で60%,45歳以上になると高くなる。自殺率は15〜20%(Goodwin & Jamison 1990)という高い数値を示す研究もある。今後20年の間に増加傾向の見通し。
うつ病の診断:今日では国際的に認められた診断基準ICD-10(国際疾病分類)が用いられている。ICD-10では,うつ病の診断基準として,基本症状である(1)抑うつ気分(2)興味と喜びの喪失(3)活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少。その他の一般的な症状として(1)集中力と注意力の減退(2)自己評価と自信の低下(3)罪責感と無価値観(4)将来に対する希望のない悲観的な見方(5)自傷あるいは自殺の観念や行為(6)睡眠障害(7)食欲不振をあげており,こうした症状の数や程度によって重症度区分が行なわれる。さらにうつ病の診断基準に,うつ病エピソードが2週間以上続いていることを条件としている。今日わが国の医療現場では,こうした厳密な診断基準に基づかずうつ病と診断されるケースが増えており,うつ病診断の「カジュアル化」と抗うつ薬の大量使用が問題になりつつある。
薬物療法についての誤解と事実:抗うつ薬は,脳の化学物質のアンバランスを改善するとされ,その科学的有効性は認められている。しかし,抗うつ薬は性格を変えるわけでもなければ,「happy drug(幸せ薬)」でもない。一寸した失敗にくよくよしたり,落胆したりする程度が軽くなるため,普段の生活で情緒的反応が起きやすいことに対していくらか現実的に対処しやすくなる。ものごとの感じ方は変わるが,抗うつ薬だけでは不十分で,病気への理解を深め,どう付き合って行くかが大切。認知行動療法などの心理的治療の有効性も認められつつある。さらに,生活の場での継続したサポート,環境調整,就労援助などが必要である。
うつ病の再発と長期化を防ぐために:通常は休養と薬物療法だけでは回復しない。回復に時間がかかったり,うつ気分は解消したが職場復帰となると気がすすまなかったりした場合,「治り難いうつ病」として多剤を併用したり薬物を増量するのは避ける。回復過程に入ると復帰を急がず,ゆとりある時間の過ごし方を身につけるために,身近なところでホッとすることや生きていて良かったと思えることをさがしてみる。自分にとってなにが調子を損なうきっかけになるか普段の生活を振り返ることも大切。そのために必要があればセルフモニターを行う。要注意のサインを知っておき,サインが出たときのプランや緊急事態の対処法をあらかじめ持っておく。ストレスとなるコミュニケー
ションや人間関係があれば改善しておく。
「うつ」との付き合い方:人は自分がストレスを受けていることに意外と気がつかないものである。なぜなら,例えば,「食生活に無頓着」「なんでも自分でやろうとする」「人が面白いと思うことを楽しめない」「自分と考えの違う人を敬遠する」「運動が嫌い」「正しいやり方は一つしかないと思う」「普段の生活の中にリラックスタイムがない」など,ストレスになりやすい癖や態度,さらに症状そのものが習慣化されていることがあるからである。「うつ」は,日頃からストレスとなっている仕事との関わり方,人間関係,ライフスタイルなどを見なおす機会でもある。(本文は,2009年9月17日介護労働安定センター雇用管理責任者講習会での講演の加筆要約です)
注1: 障害調整生命年(DALY,disability-adjusted life years)  各種疾患による生命の損失や障害の総体を,単に死亡件数や患者発生件数,あるいは生命の短縮としてのみでなく,それ以外の苦痛・障害も考慮に入れて定量化したもの。つまり障害の程度・持続が何年分の余命の損失に相当するかという尺度を用いて定量化する。
第36回理事会報告
日時:2009年9月14日(月) 午後6 時30 分〜9 時00 分
場所:高松市男女共同参画センター 第1会議室
議事の経過の概要
事務連絡および報告:省略
議案1 「こころの健康セミナー」に関する事項:会場,定員,受講料,講師等の詰めを次回理事会で行う。
第37回理事会報告
日時:2009年9月28日(月) 午後6 時30 分〜9 時00 分
場所:高松市男女共同参画センター 第1会議室
議事の経過の概要
事務連絡および報告:省略
議案1 冊子の増刷に関する事項:「初期精神病早期支援の手引き」500部,「精神病の早期発見と回復のために」1,000部を増刷。
議案2 マインドファースト通信の原稿に関する事項:内容の充実を図るため,事業報告,セミナーの要約等を加える。各理事に原稿執筆を依頼。
議案3 「こころの健康オープンセミナー」に関する事項:準備期間不足で今年度実施は困難と判断,次年度に持ち越し。
議案4 相談事業の電話受理に関する事項:7月来不在であった電話受理担当者がほぼ決定。
 編集後記:過去10年で最大級の勢力とされた台風18号の通過に備え,列島各地は厳戒態勢でした。ものごとには,台風や新型インフルエンザのように「予想される最悪の事態」に備えておくことが役に立つこともありますが,メンタルヘルス問題については,「想像するような最悪の事態」は起こりえないと確信できるようになることが,健康の回復や予防にとって大きな力になることがあるように思います。(H)