東日本大震災被災者の精神的ケア
−WHO報告「日本における地震と津波」から−
WHO(世界保健機関)は,2011年5月11日「日本における地震と津波」と題して東日本大震災の現状報告(第33号)を行なっています。報告「健康状況のモニター,アセスメント並びに対応」のうちの「精神及び心理社会的健康」の部分を以下に要訳抜粋してご紹介いたします。
背景:日本は,これまでにも1995年の阪神淡路大震災や2004年の新潟県中越地震などで,MHPSS(メンタルヘルス並びに心理社会的支援 mental health and psychosocial support)を経験している。阪神淡路大震災と比べて,今回はMHPSS提供者が速やかに派遣され,改善点もあった。しかるに,今回の災害によるメンタルヘルス並びに心理社会的衝撃は,地震と相次ぐ余震,津波,放射線被害など多重災害であり,規模の上でも,また,まったく終息の見通しが立っていないという点でも際立っている。
現状と対応:震災前から精神的健康問題を抱えていた人たちに対する精神科的医療が優先課題となったが,これについてはほとんどの地域で迅速に対応できた。厚生労働省の公式発表では,115名のワーカーからなる25の「心のケア(Kokoro no kea)」チームが現地入りした。MHPSSは,単独よりも他の医療チームと連携を図るか,包括的ヘルスケアとして行なう方が,スティグマを低減できるとの専門家の指摘がある。
厚生労働省によって派遣チームの調整が行なわれ,多くの避難所で,メンタルヘルス専門家の定期的訪問が行なわれた。その一方で,MHPSS提供者の訪問頻度は,避難所によってばらつきがあった。患者にとっては,MHPSS提供者が他の医療スタッフ(医師,看護師,薬剤師等)と連携して多職種チームを結成した方が,単独のメンタルヘルス・ユニットとして動くよりも,受け入れやすいとの現場からの報告があった。
とりわけ子どもへのケアは,今後とも継続が必要な主要課題である。多くの子どもたちが,家族,友人,故郷を失い,こうした子どもたちへのMHPSSは,喫緊の課題である。急性のストレス反応は,大きな心的外傷を受けた時の正常な反応とはいえ,被災者によっては,恐怖感が,PTSD(心的外傷後ストレス障害)を悪化させることがある。親が死亡または行方不明になった多くの子どもたちに対しては,地方自治体や小児MHPSS提供者によってケアが行われている。岩手,宮城,福島では,115名の子どもが孤児となった。子どもたちのwell-being (健やかな成長と幸せ)のためには,適切な里親と長期的MHPSSが優先課題となる。
主要課題:高齢者の認知症,急性ストレス反応,PTSD,うつ病,自殺など,メンタルヘルスと心理的課題は,多岐にわたり,その支援も異なる。多くの人が,急性ストレス反応を乗り越え,徐々に正常な生活に戻って行くが,避難所生活が長期化し,将来に展望が持てず,新たな生活に踏み出せずにいる人たちの中には,長期に,メンタルへルスや心理的問題が解消されない人たちが出てくる可能性がある。
文化的配慮のもとでのMHPSS:東北地方の人々は感情の表現が控え目であることを考えると,PTSDの発見や認知は遅れがちになる。不眠やフラッシュバックや悪夢(外傷体験の再体験)といったPTSDの症状が報告されているにも関らず,症状を言語化することや専門的ケアの必要性の認識は遅れる可能性がある。事実,そうした症状があることを語らず,「元気」を装っていることが大いに懸念される。また,不眠や高血圧や消化器症状などが,心身症やメンタルヘルス問題の身体表現である場合がある。精神的健康問題が,身体症状でマスクされることは,被災者だけでなく医療従事者の間にも見られ,PTSDの診断や適切な治療が遅れることがある。
MHPSSは,コミュニティと直結していることが大切である。この地域の人々は,自分自身の感情をオープンにすることが少ないが,相手によっては気持を交流させることがある。例えば,被災者は,他県からやってきたヘルスケアの提供者に心を開きたがらず,普段からケアに関わっている人には心を開くことが,保健師の間で観察されている。こうしたことから,地域のことに詳しい公衆衛生スタッフが必ずMHPSSに入り,その土地の文化にあった繊細なケアを行なうことが欠かせない。他県からのMHPSSワーカーも,意味のある支援を行なうのであれば,できるだけ長期間任務につき,被災者とラポールを築くことが必要である。
現段階のニードへ対応するために:復興・復旧活動の中での環境変化に伴い,注意深いアセスメントが必要である。津波等の恐れが少なくなるにつれ,避難所生活を送っていた被災者の多くが自分の家へ帰って行く。PTSDなどメンタルヘルス問題のリスクがあったり,すでに問題が起きていたりするにもかかわらず,避難所生活をしなくなることで,MHPSSを受けられなくなることがある。例えば,ある市では,震災以来,自殺者が顕著に増加したという非公式の報告があり,避難所の外に住む40歳代から50歳代の人に最も高かったと言われている。(もっとも,避難所生活を送る人の間にも自殺は起きている)このように,あらゆる被災者のニードにかなうように,丁寧なMHPSSを実施することが求められる。
仮設住宅への入居がはじまるにつれ,政府は,自治体に呼びかけて,震災前の地域共同体(local community)を維持し,「孤独死」を防ぐことに取り組んでいる。これは阪神淡路大震災の経験によるものである。阪神淡路大震災では,くじ引きで仮設住宅入居を決めたため,地域の絆を破壊し,235人が孤独死したとされる。しかし,今回も仮設住宅入居希望者数が,入居可能数をはるかに越えたため,くじ引きを行なわざるを得なかったことも事実である。
支援者には,継続性と一貫性を持って被災者の生活とコミュニティの再建に共に取り組む「覚悟」というものが必要だと思います。今回の原発事故は,安全神話の中で,事実に関する情報が少なくなっていたことによる人災の側面が大きいと言われています。「心のケア(Kokoro no kea)」も神話にしないために,未曾有の災害の中で,被災者が生活者として体験する事実を一つひとつ大切にすることが求められていると言えるでしょう。
(要訳 マインドファースト通信編集長 花岡正憲)
第58回理事会報告
日時:2011年4月18日(月)午後6時30分〜9時00分
場所:高松市男女共同参画センター 第1会議室
議事の経過の概要
事務連絡および報告に関する事項:2011年度香川県地域自殺対策緊急強化基金事業補助金事業(以下「基金事業」)について,県から補助金額の内示があった。その他省略。
第1号議案 2010年度事業報告ならびに収支決算書に関する事項:2010年度事業報告(案)について記載事項の確認が行なわれた。2010年度収支決算(案)について,事務局が説明に必要な情報を持ちあわせていなかったため継続審議となった。
第2号議案 2011年度事業計画と予算編成について:2011年度の予算,事業計画は2010年度収支の確定後,集中審議をとり行う。
第59回理事会報告
日時:2011年4月27日(水)午後6時30分〜9時00分
第1号議案 新年度予算の集中審議:本議案の審議に先立ち,第58回理事会において継続審議の2010年度収支決算(案)について,不明な点があるため,近日中に理事会を再度招集し,担当理事に説明を求めることとした。
2011年度予算関連では,基金事業の一つ対面型相談支援事業については,7回目以降の相談は,フォークス21の有料相談で対応可能であること,また,第5号議案の審議事項の一つであるサバイビングの参加費については,少なくとも基金事業実施期間中は無料化にすることが妥当であることから,一般財源からの拠出額を減額することで承認された。これ以外の2011年度予算案については,新規事業も含め概算額が示されたが,集中審議にはいたらなかった。
第2号議案以下第4号議案までと第5号議案の一部は審議未了となった。
 編集後記:土砂で覆われた農地,おびただしい瓦礫の吹き溜まり,押し流された家々が点在する荒野,累々と横たわる車と道路に乗り上げた漁船,そして,建屋が吹き飛んだ福島第一原子力発電所。震災から2か月半,グーグル・アースは,いまも東北地方沿岸部の破壊の凄まじさを写し出しています。私たちのコミュニティは,今大きな危機の中にあります。5月22日,マインドファーストでは,家族の危機に問題意識を持った人たち15名で,2011年度ファミリーカウンセラー養成講座・基礎コースがスタートしました。(H)