この「絆」を超えるために
マインドファースト通信編集長 花岡正憲
震災の復興支援の中で,2011年を表す活字「絆」が躍る。各種の会議やシンポジウム,テレビコマーシャルにも,絆という言葉が飛び交う。絆祭り,絆弁当,絆まんじゅうもあるとか。地元うどん県香川にも絆うどんがお目見えした。ブームにあやかった新党も登場して,次の選挙をにらみ,キャッチコピーに絆を掲げる立候補予定者も少なくないようだ。国難にさいして,国家的スローガンを掲げ,乗り切ろうとする。しかし,そもそも絆とは何か,いま私たちに何が求められているのか,そうした議論や具体的な行動計画が見えてこない。こうした現状には,またかという既視感を覚えずにはいられない。
「一切の制限,束縛が,なにも不条理だから,いやというのではなくて,そもそも制限,束縛なるが故に,たまらなかったのだ。無性に自由が恋しかった」サマーセット・モームの自伝小説『人間の絆(1915)』(中野好夫訳)の一節である。生まれつき蝦足(えびあし)という身体的なハンディを背負った主人公フィリップは,幼くして両親と死別し,俗物で狭量な牧師の伯父に引き取られる。いろいろな人々との出会いや別れ,失意や挫折を経験するなかで,最後に精神の自由を見出すにいたる。
『人間の絆』の原題は“Of Human Bondage”で,bondageとは,隷属性,束縛,奴隷の身分,屈従といった意味である。一方,「絆」に相当する英語はbondで,結束,契り,縁などの意味もある。絆には,反語(アイロニー)としての隷属性や束縛があるということだ。『人間の絆』は,絆を克服して,自由な人間になれるまでの発展を描いた小説だ。
この時期に絆の意義が再認識されるようになったのは,おそらく,震災復興のためだけではないだろう。14年連続で,自殺者を3万人以上出している国である。国難は,早くからそこにあった。死ぬことを考えなくてもすむ社会を望むことは無理にしても,一人ひとりが,死ぬことを考えても死なないですむ地域づくりに取り組んで行くことは可能であろう。孤独や絶望の中にあって,して欲しくないこと,して欲しいことをはっきり口にして,真剣に他者とつながって行くことが大切だ。
以前,米国の家族療法家から,「家族全員が向きあい輪になって手をつないでいる姿,これが,日本人が描く理想の家族像の典型だ。家族は発達成長する人の関係だが,日本人の家族観は,いつまでも小さな子どもがいるところにとどまっている」と聞かされたことがある。マインドファーストが取り組んでいる家族支援活動でも,家族の絆は大きなテーマだ。とはいえ,原初的家族への回帰を目指しているわけでもなければ,モデルとしての望ましい家族を固定的にとらえているわけでもない。家族メンバー一人ひとりの健やかさ(well-being)の回復と自立に向けて,家族のコミュニケーションや人間関係を改善することをねらいとしている。
スローガンを声高に叫ぶことと,地域レベルで行動計画を立て地道な取り組みを重ねて行くことは,別次元のことだ。絆をとなえ合えば,生きづらさが軽減されると思うのは,錯覚にすぎない。まして,「絆」を商業主義や機を見るに敏な政治家の票集めの小道具にはして欲しくない。
この時代の閉塞感が,解消に向かいつつあると実感できるようになるためには,言葉だけの絆の復旧復興ではなく,人間の絆を進化させることであろう。ちなみに,モームの『人間の絆』は,「くらい灰色の朝が明けた」ではじまり,「陽が,美しく輝いていた」で終わっている。
第76回理事会報告
日 時:2012年3月12日(月)19時00分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第3会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 鑑定意見書作成のワーキンググループに関する事項:鑑定意見書の最終案が示され,これまで開催した4回のワーキンググループ会議の期日部分を加筆し,依頼人に提出することで了承された。また,依頼人から求めのあった電磁データを提出することも了承された。
第2号議案 2011年度香川県地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:3月18日に担当者会を持ち,決算書の作成作業を行うことで了承された。
第3号議案 2012年度香川県地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:県の担当者に対して,事業計画を提出したところ以下のとおりの指摘を受けた。(1)対面型相談支援事業に関すること:アウトリーチの予算は30件とする。備品購入は,キャビネットに限定。(2)電話相談支援事業に関すること:駐車場借り上げの詳細を記入する。(3)強化モデル事業に関すること:チラシ以外の広報を考える。
以上を踏まえ,(1)(2)については,指摘にしたがい修正,(3)については,チラシに代わり,広報啓発カード並びに事業紹介のポスター作成費を計上することで了承された。
第4号議案 理事の体制について:一理事から2012年度の任期満了で理事を引きたい旨が述べられた。
第5号議案 2012年度総会に関する事項:総会に向けて,早急に,事業計画案並びに予算案を策定することが承認された。
第6号議案 その他:CSC(心の危機の相談),サバイビング(自殺で大切な人を亡くされた人たちの支援グループ)のブロシュールの在庫が少なくなっているため,印刷業者に見積りと納期確認を行うことで了承された。
 編集後記:われ先にと列車に乗り込み,4人掛けボックス席の片側に腰をおろす。後からやって来た乗客が,空いた席に座ろうとすると,先客が,空いた席の上に手をかざして,「ココとココ,いるんです」と言う。そう言われてしまうと,「でも,空いているじゃありませんか…」とも言えず,これもこの人には断ち切れない絆(?)なのかと諦め,すごすご引き下がる。昔は,こんな席取りの光景がよく見られました。(H)