アレン・フランシス デューク大学名誉教授
子どものメンタルヘルスチェックに警告
オーストラリアABCニュース,2012年6月11日
オーストラリアでは,就学前児童に対して,任意ではあるが,政府基金で行われている健康こどもチェックの一貫として精神疾患の初期症状のためのスクリーニングがスタートしようとしている。健康こどもチェックは,もっぱらGP(かかりつけ医)において行われ,行動面での問題がある子どもを臨床心理士や小児科医へ紹介することになっている。このプログラムは,5年間で1,100万豪ドル(約9億円)の予算が組まれており,およそ27,000人の子どもが対象になると見られている。
オーストラリア医学会(AMA)は,この事業を支持しているが,評価の指標を,暗がりへの恐怖や怪物に対する恐怖といった個別のものではなく,もっと幅広いものに的を絞るべきであると言っている。
パースのアジア太平洋メンタルヘルス会議に出席している米国の著名な精神科医アレン・フランシス デューク大学名誉教授は,この計画に対して懸念を表明している。フランシス教授は,オーストラリア政府が3歳児に対して行おうとしているメンタルヘルススクリーニングは,「馬鹿げている」上に,危険性があると指摘している。
「経験上,私たちの分野で,もっとも難しい診断は,最年少の子どもである」と教授は述べている。「子どもは,非常に短期間で,劇的に発達的変化を遂げる。そうしたことから,非常に年少の子どもに対して,精神医学的に何かを行おうとすることには,いつも最大の注意を払ってきた。しかも,精神科におけるすべての診断医の中で,もっとも向こう見ずなのは,児童精神科医である」と教授は述べる。
このプログラムを支持している精神科医は,症状がひどくならないうちに早く精神疾患であることを確定し,適切な医療を行うことが欠かせないと言う。しかし,フランシス教授は,今日の知見を踏まえると,現実的ではないと言う。
「そのままにしておくと,どの子が精神障害になると,正確な予測を立てるだけの証拠(エビデンス)は,全くない」と言う。「子どもとは元来正常であり,ある時点で何らかの問題があっても,それを越えて成長する子どもに対して,レッテル貼りをしてしまうと,非意図的で否定的な結果をもたらしかねない」とも述べている。
さらに教授は,「例えば,『自閉症』というレッテルは,明らかに衝撃的です。それほど深刻でない命名であれば,子どもに対する期待や家族の受けとめ方に変化を与えることもあるので,効果がある場合もあります。しかし,いずれにしろ,なんらかのレッテルを貼ることは,とりわけ幼い子どもの場合は,間違っている確率が高いため,非常に慎重であるべきです」と述べる。
フランシス教授は,「子どもには個人差が大きく,極めて明確な場合を除いて,診断は,間違っている確率が高い」と述べている。さらに,「そもそも3歳の子どもに診断をつけることは,間違っている。年長の子どもにおいても,発達途上にある子どもや成長速度が異なる子どもに対して,診断をつけることは,非常に慎重であるべきだ」と言う。
この分野における最大の問題は,「行動」そのものを医療の対象とすることを推し進め,医療にお金を使うことにお墨付きを与えることである。「医師や臨床心理士によるはじめの6回ぐらいの面接や訪問では,あえて診断をつけるべきではない」と教授は述べている。「はじめに診断ありき」は,過剰診断をもたらし,そして,診断的インフレが,過剰治療をもたらすと言う。
本当に薬物が有用な子どももいるが,薬を必要としない子どもには,薬が必要でないだけでなく,むしろ薬が危険な場合があり,「睡眠や食行動の面において,短期間でいろいろな副作用が出ることがある」と教授は述べている。「子どもによっては,中枢神経刺激剤で,問題が悪化します。しかも,長期的効果となるとこれ以上に不明です」
フランシス教授は,米国精神科委員会の会長で,世界中の精神科医がバイブルと称するDSM(米国精神疾患の診断と統計の手引き)の編集に関った人物でもある。彼は,このマニュアルの最新版に対して強い批判を示しており,改訂版を出さないと,「medicalise normality(正常を医療化する)」ことになると警告している。
フランシス教授が,DSMの最新版について批判的であるのは,このマニュアルによって,精神医学がその境界を拡大して行き,正常とされる領域を縮小させてしまうという犠牲を払うことになるからだと言う。彼は,DSMによって病気を定義付ける専売特許を手放すように精神科医に呼びかけている。「精神医学的診断が重要視されすぎて,他の見方が入る余地がなくなっているのです」と言う。←




→ 「オーストラリアの政策決定は,全国的に,何がマニュアルにあって,何がマニュアルにないかによって決定されかねない」「こうした重要な決定は,小さな専門家委員会において,拙速に行われるべきではない。政策決定における専門家の存在は重要ではあるが,本質的には,彼ら自身のものごとに対する偏った見方やお気に入りの方法をよりどころにしている」「大切な決定は,特定の専門家が,自分の身近な患者をいかに治療するかと言った狭い考え方に基づいて行われるべきではない。すべてのメンタルヘルス専門分野と,健康の経済学,社会政策,プライマリケアと言った広い範囲からの専門家の参加が必要ではないかと考える」と教授は述べている。
(要訳:マインドファースト通信編集長 花岡正憲)

第83回理事会報告
日 時:2012年7月9日(月)19時00分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第4会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 事業担当理事,会員に関する事項:理事長案が示され,検討の結果,一部変更が行なわれ承認された。
第2号議案 宣伝材料作成に関する事項:電話相談とピアワークスのチラシについて,ピアワークスのメンバーで作成された原案が示された。修正後,今後の作業を以下のとおり行うことで了承された。チラシの印刷は,ピアワークスで行う。PRカードは印刷会社に依頼する。サバイビングのカードの原案は担当理事が作成し印刷会社に依頼する。また,マインドファーストのブロシュール2,000部とポスター100部は,デザイナーに印刷も含めて発注することが了承された。
第3号議案 ピアサポートラインの研修に関する事項:相談事業担当理事が実施要綱(案)を作成しメール上等で事前に検討を行い,7月23日(月)20時40分より臨時理事会を持ち承認を得ることが了承された。
第4号議案 活動費支払い規定に関する事項:従来からのフォークス21活動経費規定をマインドファースト活動費規定に改め,技術援助に関する事項を追加したものを理事長が作成し次回理事会で検討することが承認された。
第5号議案 「おどりば」並びに「サバイビング」の実施要綱に関する事項:従来からの家族メンタルヘルスサポートセンターフォークス21設置運営規定を「おどりば」と「サバイビング」も含めた相談事業についての実施要綱として見直しを行うことが承認された。また,この機会に,現行の定款,規則,要綱等の再確認を行うことが了承された。
第6号議案 地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:毎月,事業実施状況並びに予算執行状況について,理事会で経過報告をすることが承認された。

第8回早期精神病国際会議
2012年10月11日−13日 サンフランシスコで
早期精神病国際協会(IEPA)主催の第8回早期精神病国際会議が,2012年10月11日から13日まで,サンフランシスコにおいて開催されます。今回は,近年の早期精神病の脳機能の障害に関する知見と公衆衛生に大きな影響を与えたエビデンスに基づく治療の進歩を踏まえ,「From Neurobiology to Public Policy( 神経生物学から社会政策へ)」をテーマにしています。
IEPAは,早期精神病の研究と治療に関する国際的ネットワークです。1990年代に,早期精神病への早期介入が,明らかに望ましい長期的予後をもたらすことが,実証されるようになりました。臨床家や研究者がその成果を共有するために,非公式に会議を重ねる中で,1996年6月にメルボルンにおいて,Verging on Reality(真実はすぐそこに)をテーマに,第1回国際会議が開催されました。世界各地で行われている研究に関する情報を共有するために,国際的つながりの必要性に迫られ,1997年の英国での第2回会議を経て,1998年,正式にIEPA(早期精神病国際協会)が結成されました。以来,2年に1回国際会議を開催し,今日にいたっています。IEPAのメンバーは,臨床家,研究者,行政関係者,政策立案者並びにこの分野に関心のある個人で構成され,以下のような事業内容を掲げています。
  • 早期精神病とその回復についての啓発の推進。
  • 国際的連携と協力及び精神保健専門家,消費者,家族,政策立案者など,関係者のネットワークの促進。
  • 早期精神病とその治療に関する知識の普及。
  • 多角的,比較文化的,長期的観点からの研究の促進。
  • 早期精神病の診断と最適な治療を提供するための最良の実践活動の発展の促進。
  • 適切な精神保健政策の奨励並びに初発精神病状態にある若者とその家族に対するサービスの改善。
  • 早期精神病の診断と治療に関する情報へのアクセスの向上。
  • 精神病の初期段階に焦点を当てた国際的会議や専門家会議の企画。
  • 教育及び研修の機会の提供。
(M.H.)
 編集後記:自治体の庁舎は全面禁煙が増えているが,議会は禁煙が進まない状態が続いているとの報道がありました。議会のことは議会で決めるという慣習があるからとか。一般に,全面禁煙にしていない場所では,周りに人がいても煙草に火をつけるスモーカーが見られます。こうした心理は,「自分がやっていることを嫌がる人がいることは分かっているが,人は何も言わずに我慢するだろう」というものです。嫌がる人がいることを分かっていながら,当人だけでなく周りも見ぬふりをする。こうしたハラスメントは,今日の「いじめ」社会と無縁でないように思います。(H)