「失意」が精神疾患に変わることがあるのか?
死と死別に関する国際作業グループ(International Work Group on Death, Dying and Bereavement IWG)声明文

この声明文は,2013年4月28日-5月3日,カナダ,ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリアにおいて,「死と死別に関する国際作業グループ会議」のワーキンググループによって作成されました。このドキュメントを他言語に翻訳して web サイト,ブログ,メディア,その他会議等において配布するためのアクセスを許可します。メッセージを広く共有することが私たちの狙いです。

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意が精神疾患に変わることは,極めてまれです。このことは,アメリカ精神医学協会には,内緒にしておいてください。協会は「精神疾患の診断と統計マニュアル第 5 版」を公表したばかりですから。DSM は,いわば何百もの精神疾患に関するカタログで,疾患それぞれの症状リストが記載されています。このマニュアルに載っている診断名をつけると,米国では保険会社からメンタルヘルスケアのためとして保険金が支払われます。

最新のバージョンDSM-5では,大きな変更がありました。
それは,子ども,配偶者,親,友人,恋人などとの死別に遭遇し,こうした苦痛に向き合っている何百万人もの人たちに深刻な影響を与えるものです。まず,ここで,精神科のバイブルとされがちなDSMというマニュアルの歴史をざっと振り返っておきましょう。

マニュアルの初版は,1952 年に出版されました。このときは,悲嘆(grief)に関する言及さえありませんでした。
それは,悲嘆を愛する人との死別にさいして広く認められる正常な反応と見なしていたからです。ところが,第 3 版では,大うつ病に除外規定が設けられました。それは,「死別反応除外」というものです。この除外規定は,死別後1年未満においては,大うつ病の診断は認められないというものです。その理由は,一般に愛する人との死別にみられる共通した反応は,悲しみ,睡眠障害,集中力低下,食欲の変化,楽しめていたことに対する興味の喪失といった,うつ病の症状に似てはいるが,それでも死別反応は正常であることを認めていたからです。


1994 年には,DSM第 4 版が公表されました。この時点で,死別反応除外規定は,1年未満から2月に短縮されました。
そして,最新版である第5版では,死別反応除外規定は完全に削除されています。したがって,子ども,親,配偶者,友人など,誰かとの死別を経験した後,上記のようなうつ病の症状が2週以上続いていたら,だれでも大うつ病と診断されるようになったのです。

このことは,少なくとも以下に示す3つの理由において問題があります。

第一は,愛する人の死に対する正常反応が,安易に精神疾患とされてしまうとことです。
体験としての悲嘆(grief)は,大うつ病と同じではありません。治療ないし治癒する病気というものではないのです。それは,自分の世界が永遠に変わってしまった,もうこれまでと同じものではないと言った苦痛を伴う現実に対する健康な反応なのです。こうした喪失を自分の中に取り入れ,そして起きてしまったすべての変化に適応すること,これは人それぞれ固有の経過を辿るものです。その場しのぎや単純な解決法で,和らげたり止めたりできるものではありません。死は人生を変える出来事であっても,悲嘆は病的状態ではないのです。

第二に,一般に抗うつ薬が頻繁に処方されることです。
遺族になった人は,その反応が正常であっても,DSMの診断基準からすれば,死別からわずか2週間後には,大うつ病と診断される可能性が高くなることです。悲嘆と関連して起きてくるうつ症状に対して,抗うつ薬が有効であるという証拠は認められていません。さらに,抗うつ薬を服用することによる長期的なマイナスの影響を示す数多くの証拠があります。精神医学は,なぜ悲嘆を病的と見て,安易に薬物療法を行なおうとするのか,疑問を投げかけて行く必要があります。抗うつ薬の新たな市場を開拓し,利益を得ようとする製薬会社の利潤追求主義を見過ごす訳には行きません。今日,抗うつ薬市場は,何十億ドルにもなる産業です。

第三に,抗うつ薬の処方は,そのおよそ 80%が,精神科医ではなくプライマリケア医(かかりつけ医)によって行われているということです。←



→様々な喪失を経験する多くの人にとっては,医師,心理療法家,ソーシャルワーカー,聖職者などが,スーパービジョンなどプロとしてのトレーニングを受けて,しっかりとした理論的裏づけと経験に基づいた支援をしてくれることを期待しています。しかし,それが期待できるのは一部の人に限られ,資格を持った多くの専門家が,遺族への対応については,プロとしてのトレーニングを全く積んでいないとうのが実情です。

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らためて注意を喚起しておきますが,医師またはその他の医療従事者が,あなたの悲嘆に対処するために,性急に抗うつ薬を処方することには用心して下さい。

あなたの愛する人の死は,あなた自身の方法で悼みましょう。一定の決まったやり方があるわけではありません。これがより良い処方です。
泣いてもかまわないし,泣かなくてもかまいません。あなたの反応は,亡くなった人とあなたとの関係,あなたの性格,人からのサポートの有無などによっても,変わることがあります。どんな逆境にあってもどこかに希望があるなどと,諦めることをすすめる人たちのことは無視しましょう。ある人には慰めになることであっても,他の人にはそうでないことがあります。解ってくれる友達や家族がいるはずです。そして,あなたの経験を分かち合いましょう。もし,耳を傾けてくれる人や頼りになる人がいなければ,病院やホスピスや地域組織を通して,支援グループを探しましょう。おそれずに専門家の援助を求めましょう。その時は,その人のトレーニング歴,認定資格,そして悲嘆と喪失と死別の経験についても尋ねておきましょう。

人は,亡くなった人への愛の深さに応じて嘆きます。
人は愛を失うと,不健康なやり方や自分に役に立たないやり方で,悲嘆反応をしてしまうことがあります。だからと言って,愛と悲嘆を精神疾患にしてしまってはいけません。

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この文書は,アメリカの精神医学協会精神疾患の診断と統計に関するマニュアル(DSM-5) の公表に呼応する形で,これを憂慮する下記の専門家グループによって作成されました。
T. Attig,PhD,ボーリンググリーン州立大学哲学名誉教授
I. B. Corless,RN,PhD,FAAN,マサチューセッツ総合病院保健専門職研究所教授
K. R. Gilbert, PhD, インディアナ大学公衆衛生大学院副学部長
D. G .Larson,PhD,サンタクララ大学カウンセリング心理学部教授
M. McKissock,シドニー代替医学研究・臨床サービス・死別ケアセンター所長
D. Roth,ドイツ ベルギッシュPuetz-Roth葬儀と悲嘆の仲間常任理事
D. Schuurman, EdD,FT,ポートランドDougy子供と家族の悲嘆のためのセンター常任理事
P. R. Silverman, PhD,マサチューセッツ州ブランダイス大学女性学研究センター
J. W. Worden, PhD,ABPP,心理学者

(要訳:マインドファースト通信編集長 花岡正憲)
第107回理事会報告
日 時:2014年3月31(月)20時30分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第4会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:なし
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 2014年度香川県地域自殺対策緊急強化基金事業に関する事項:2014年度香川県地域自殺対策緊急強化基金事業計画については,対面型相談支援事業にクライシスサポートカウンセリング,若年者の相談支援,訪問支援を合わせ,合計金額を1,409,000円とし,居場所づくり事業を対面型相談支援事業の新規事業として42,000円とする。電話相談支援事業は1,182,800円,人材養成事業は468,000円,普及啓発事業のファクトシートは370,200円,新規事業としてストレスチェックの作成に90,000円を計上し,人材養成の受講料を200,000円見込み,申請合計金額を3,515,000円として県に提出することが承認された。
第108回理事会報告
日 時:2014年4月14(月)19時00分〜21時00分
場 所:高松市男女共同参画センター 第7会議室
事務連絡並びに報告に関する事項:省略
議事の経過の概要及び議決の結果
第1号議案 定款変更に関する事項:定款の変更登記は完了したが,附則の欄に施行日の記載がない。施行日記載について,県の担当課に問いあわせた後記載することが承認された。
第2号議案 オフィス本町の使用に関する事項:オフィス本町使用細則に則り,使用申込書,使用簿を作成し,使用申し込みについての料金の徴収をすることが承認された。
第3号議案 柾理事不在の対応に関する事項:相談について2週間分についてはクライエントにはキャンセルの連絡をし,4月24日を目途に,その後の予定については,継続中のクライエントには再度連絡をする旨伝えることが承認された。ファミリ―カウンセラー会議の招集は浅海理事が担当することが承認された。
第4号議案 2014年度(2015年度事業)香川県共同募金会の広域福祉助成事業に関する事項:今回は見送りとすることが承認された。
第5号議案 2014年度総会に関する事項:2013年度事業報告およびデータの不備についてメーリング上で今後整えることが承認された。2013年度決算報告の暫定決算が事務局より報告があり,今後確定した後,監査報告を受けることが承認された。2014年度事業計画案について,調査研究事業「糖尿病患者の向精神薬使用の頻度について」は,会員冨岡氏の意向を理事長が確認することが承認された。また,新規事業として,認定NPO法人取得記念事業が挙げられ承認された。定例会の提案については審議未了となり,今後の議題とすることが承認された。
 編集後記:同性愛(homosexuality)は,1973年までDSMに含まれていました。しかし,ゲイの権利運動の広がりによって,同性愛は病名から除外されました。混乱や不規則(disorder)に対して,何らかの病名を与えることは,もともと存在しない障害(disorder)をつくり出す恐れがあります。本来健康と不健康の境界はそれほど明白でありません。IWG声明文は,愛する人の死を嘆き悲しむことが病気とみなされ,安易に抗うつ薬が処方されることへの警告です。『正常を救え』(大野裕監修 青木創訳 講談社 2013)の著者でデューク大学医学部名誉教授アレン・フランセス氏(マインドファースト通信No.86号参照)は,「だれもが病気だと思いこませようとする強大な勢力から,〈正常〉を救い出さなければならない」と訴えています。ある人間の言動を公式見解として一種の疾患とみなすか否かは,産官学の複雑な利害関係が絡んだ問題だということでしょう。精神医学のバイブルDSMを掲げ,正常領域に踏み込んでくるのは,米国だけではありません。ただでさえ「みなしうつ病」の診断のもとに抗うつ薬が処方されがちなのが日本です。「SSRIの適応症が増えました。配偶者を亡くした人にも効果があります」。医薬品メーカーの売り込みで,夫を亡くした妻にSSRIを処方したがる心療内科医が現れないともかぎりません。亡くなった人への哀惜の情を軽くしようとして抗うつ薬を処方する精神医学には救いがないように思えます。(H)